漢代、閩越(びんえつ)国に、国境の守備を命じられ、強制的に徴兵された男がいました。
彼の妻は毎日、夫の帰りをひたすら待ち望んでいました。
しかし、他の兵士たちが次々と帰郷する中で、夫だけが戻ってきません。
妻の不安は日増しに募り、ついには村の入り口にある一本の木の下に立ち、朝から晩まで、夫の帰りを待ち続けました。
それでも夫は帰って来ず、妻は悲しみに沈み、涙に暮れる日々のなかで、ついには泣きながら命を落としてしまいました。
やがて、不思議なことが起こります。
あの木に、赤と黒が半分ずつ混じり合った、透明で鮮やかな豆の果実が実ったのです。
村人たちはこれを、忠実で深い愛に生きた妻の「血の涙」が結晶となって生まれたものだと語り合い、それを「紅豆(こうず)」あるいは「相思子(そうしし)」と呼びました。
この伝説に心を動かされた唐代の詩人・王維は、紅豆に寄せて一篇の詩を詠みました。
紅豆生南国,春来発幾枝,
願君多采撷,此物最相思。
(紅豆は南の国に生じ、春の訪れとともにいくつもの枝を咲かせる。
どうかあなたがたくさん摘み取ってくれますように――
この実こそ、もっとも人の思いを託すものだから)
この詩は、遠くにいる友や恋人を想う気持ちを、素朴ながらも美しく表現しており、現代においても多くの人々の共感を集め続けています。
おしまい
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