祖父と孫の中医学物語 第二十一話 枯れ木と生姜と脱毛

中医学物語

ある青年が、まだ二十代前半だというのに、すでに頭髪がまばらになり、どんな薬も効かずに困り果てていた。

ある日、両親に連れられて、指月と祖父のいる茅葺の家を訪ねてきた。

指月は、青年が帽子をかぶっているのを見て不思議に思った。

(外は晴れていて、雨も日差しも強くないのに、なぜ帽子を……?)

祖父が尋ねた。

「いつから髪が抜けはじめたんだい?」

その言葉で、指月もすべてを察した。

若くして髪が抜け始めるのは見た目にもつらく、知らない人から見れば重い病気か何かだと勘違いされかねない。

青年は恥ずかしそうに答えた。

「もう三年くらいになります……」

父親も続けて言った。

「うちは先祖代々、誰もハゲたことなんかないんです。腎を補って髪を生やすという薬を一年以上飲ませたのに、効くどころか、かえってひどくなってしまって……」

祖父は脈をとると、ふっと笑みを浮かべて、その原因をすぐに見抜いた。

そして指月に言った。

「手と足を触ってごらん」

指月が触れた瞬間、思わず手を引っ込めた。

「うわ、冷たい!」

父親が肯いた。

「そうなんです。前はそんなことなかったのに、薬を飲むようになってから、手足がどんどん冷えてきて……。まさか、重病なのでしょうか?」

祖父は真剣な顔で肯いた。

「これは決して軽い病ではない。このままでは、そのうち眉毛もヒゲも抜け落ち、まだ二十そこそこの若さでまるでお爺さんみたいになる。お嫁さんどころじゃないよ」

それを聞いて、親子はさらに不安を募らせた。

「どうか、うちの子を助けてください!」

「もちろんだ。皆はしばらくここにいなさい。この子を連れて、少し外を歩いてくる。薬を探しにね」

そう言って、指月には茶を淹れるように頼み、青年だけを連れて外へ出た。

指月は複雑な気持ちになった。

(薬草を探すなら、ぼくが行けばいいのに……。どんな薬草でも、ぼくなら見つけてくるのに……)

何かが腑に落ちなかったが、そのまま二人を見送った。


祖父は青年を連れて、いくつかの丘を越えた。

やがて一本の枯れ木の前に立ち止まった。

青年は不安そうに尋ねた。

「先生、ぼくの病気……治るのでしょうか? どんな薬を使うのですか?」

祖父は穏やかに笑って答えた。

「他人には治せんよ」

「えっ……!?」

青年の顔が青ざめる。

「でもね、自分自身なら、救えるんだよ」

青年は意味がわからず、祖父の言葉を何度も心の中で繰り返した。

「自分で自分を救う……?」

祖父は枯れ木を指さした。

「さて、この木はなぜ枯れたと思う?」

青年が近づいて根元を見ると、根が掘り返されていた。

「きっと、誰かがこの木の根を薬にでも使おうとして掘り取ったんですね。だから、栄養が届かなくなって枯れたんだと思います」

祖父はしゃがみこみ、傍らの草を引き抜いた。

「ほら、これを見てごらん」

草の根を取り除いて、また土に挿し戻し、こう尋ねた。

「三日後、この草はどうなる?」

青年は即答した。

「枯れてしまいます」

祖父はにっこり笑った。

「そうだ。それがわかれば、もう君の病気は治ったも同然だよ」

青年はますます困惑した。

祖父は、ゆっくりと語りはじめた。

「自分の身体、特に“根”を、もっと大切にしなさい。なぜ今日、君をひとり連れ出したかわかるかい?君の“精神”が、もっとも重要だからだ。これからは、もう自慰はやめなさい」

青年は顔を真っ赤にしてうつむいた。

「若いということは、本来なら精も神も満ちていて、筋肉も骨もぐんぐん育つ、かけがえのない時期だ。それなのに、そんな行為にふけってばかりいて、それに加えて腎を補うとか、髪を生やすとかいう薬まで大量に飲んで、そんなふうに早くから自分の体を無理に“成熟させよう”とするのは、健康には何の助けにもならない。このまま自慰を続けていけば、根を絶たれた草や木のように、君の体もやがてはああなってしまう。今だってすでに手足は冷たくなってるだろう?この先は、ちょっと風に当たっただけで風邪をひくようになり、それどころか、風に吹かれただけで寝込むような体になってしまう。ちょうど、根を失った枯れ木が、一陣の風で倒れてしまうようにね」

青年は恥ずかしさと反省の入り混じった面持ちで、ポツリとつぶやいた。

「……もう、しません」

祖父はその答えを聞いて満足した。

「“腎”は五臓六腑の根本。若いうちに“精”を損なえば、それはまさに“根”を傷めることになる。木が根を断たれれば葉が枯れる。人もまた、根が弱まれば、髪は抜け、白くなっていくのだよ」


家に戻ると、両親が焦ったように尋ねてきた。

「薬は……見つかりましたか?」

祖父は穏やかに答えた。

「生姜をすりつぶして、脱毛の部分に擦りこみなさい。一日二~三回、半月ほど続けてごらんなさい」

あまりに簡単な処方に、両親は半信半疑だったが、祖父はこう付け加えた。

「家に帰ったら、朝昼晩と一日三回、こう問いかけなさい。“先生の言葉を、ちゃんと覚えているか?”と」

両親も指月も、その言葉の真意はわからなかった。

(生姜を擦るだけの処方を忘れるはずなのに……)

それは、青年と祖父だけが知る秘密だった。


三か月後、再び親子三人が茅葺の家を訪れた。

青年の頭には、黒々とした髪が生え、帽子はすでに不要となっていた。

補腎薬など、もう一切飲んでいなかった。

祖父は静かに微笑んだ。

「言っただろう? 君自身が、自分の病を治すことができると」

青年は顔を赤らめ、深々と頭を下げた。

「ありがとうございました」


そのころ、指月は古い書物を読んでいた。

そこにはこう記されていた。

「生姜を搗き、脱毛の箇所に擦りつけるべし。
一日数回、継続すれば、抜け毛を防ぎ、はげを治す」

「なるほど! なるほど!」と指月は喜んで声を上げた。

だが、祖父は指月の頭を軽くコツンと叩いて言った。

「お前は“そうなる”ことは知っていても、“なぜそうなるか”を知らない。表面のことはわかっても、その本質まではわかっていないんだよ」

なぜ、人によっては効かない処方が、祖父の手にかかると確かな効果を発揮するのか。

なぜ、生姜を擦るだけの行為に、深い意味があるのか。

指月がその答えにたどり着くには、まだしばらくの年月が必要だった。

けれど、あの“枯れ木”のそばで祖父が語ったことが、のちにすべてを理解するきっかけとなるのである——

あの木こそが、真の薬であり、真の導きだったのだ。


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