むかしむかし、広東省西部の陽春県で、未曾有の牛疫(ぎゅうえき)が発生しました。
数百キロ四方にわたる範囲で、牛が次々と倒れ、命を落としていきました。
しかし、不思議なことに、蟠龍金花坑近くの小さな村だけは、まるで守られているかのように、牛たちが一頭も病気にかからず、みな健康そのものだったのです。
この噂を聞きつけた他の村の老農たちは驚き、金花坑の牧童たち(牛飼いの子供たち)を集めて尋ねました。
「毎日、どこで牛を放しているのだ? 牛たちは何を食べているのだ?」
すると、牧童たちは口々に答えました。
「僕たちは毎日、金花坑で放牧してるんです。そこには、とても良い香りがする葉を持った草がたくさん生えていて、根が太く、実がなる植物があるんです。牛たちは、それをとても喜んで食べてます!」
老農たちは興味を持ち、さっそく金花坑へと足を運びました。
山あいの斜面や谷筋には、牧童たちが話していた通り、香り豊かな植物が群生していました。
老農たちはその実をいくつか摘み、根も一部引き抜いて、試しに口に含んでみました。
すると――
鼻に抜ける芳香、口に広がる甘味・酸味・苦味・辛味。
不思議と胃が温まり、心身がすっきりとするような、爽快な感覚に包まれました。
ある者が言いました。
「もしこの植物が、牛の疫病を防いでいるのなら、人間にも効くかもしれんぞ!」」
村へ持ち帰り、風邪を引いて胃が張って痛み、食欲を失い、ゲップを繰り返している者に、この実を煎じて飲ませてみました。
すると――
たちまち症状が軽くなり、食欲が戻り、胃も軽くなったのです。
この効果に感激した人々は、金花坑の植物を家々の周囲に移植し、栽培を始めました。
やがてこの植物は、消化器系に効く薬草として広まり、民間で重宝されるようになりました。
こうして生まれたのが、中薬「砂仁」です。
その芳香と薬効は、かつて牛を守り、やがて人をも癒す自然の恵みとして、いまなお多くの人々に親しまれています。
おしまい
コメント