むかしむかし、趙という姓の家族がありました。
父親は町で小さな商売を営み、母親は家を切り盛りし、娘の青梅(せいばい)は他人の家で洗濯を手伝いながら、わずかな収入で家計を支えていました。
決して豊かではありませんでしたが、家族三人は仲良く、つつましく平和に暮らしていたのです。
ある日、母親の身体に異変が起こりました。
最初は腰が重いと言っていたものの、すぐに歩くことも難しくなり、やがて床に伏してしまいました。医者の診立ては「子宮脱(しきゅうだつ)」でした。
数日も経たぬうちに、母親は食事も喉を通らず、顔は青白く、息も絶え絶えになってしまいました。
父と青梅は必死に医者を呼びましたが、治療は功を奏さず、母の命は風前の灯となりました。
その夜、青梅は深く考えた末、父にこう言いました。
「父上……もうこうなったら、母の病を治せる方がいれば、私はその人と結婚します!」
父は驚いて言いました。
「結婚とは子どもの遊びではないぞ!」
けれど、青梅は真剣な目で答えました。
「私たちは貧しくて治療費も払えません。でも、母は一生懸命生きて、私を育ててくれました。そんな母を、私は見捨てることなどできません!」
娘の想いに心を打たれた父は、ついにうなずき、村の掲示板に「治療できる者を求む」と書いた札を出しました。
その夜、青梅は不思議な夢を見ました。
夢の中で、長い白髭をたくわえた老神仙が彼女にこう告げたのです。
「竹馬が届く日こそ、洞房花燭(どうぼうかしょく)の時であるぞ」
※洞房花燭:新婚夫婦が初めて迎える夜を指す四字熟語。新婚の喜びや、華やかな雰囲気を表す。
目覚めた青梅は、その言葉の意味がわからず、ただ胸に残るその響きを繰り返しました。
同じころ、遠く離れた山村に、ひとりの貧しい青年が住んでいました。
両親を早くに亡くし、山で薬草を採って生計を立てていたその青年もまた、同じ老神仙の夢を見ました。
「竹馬を届ける日こそ、洞房花燭の時である」
翌朝、青年は村で見た掲示を思い出し、薬草篭を背負って山を登り、「竹馬」という言葉の謎を探しに出かけました。
山の奥深く、草むらの下に、ひときわ茶色くねじれた根を見つけた彼は、それが夢に見た「竹馬」だと直感しました。
さっそくそれを掘り出し、趙家へと向かいました。
青年が届けたその根は、煎じて薬とされ、青梅の母親に数日飲ませると、病は徐々に快方に向かい、やがてすっかり元気を取り戻しました。
家族の喜びは言葉に尽くせぬほどで、青梅は約束通り、青年と結婚しました。
ふたりは穏やかで仲むつまじい日々を送り、趙家にも再び笑顔が戻ったのです。
人々は、母の命を救ったこの草の根の不思議な力に驚き、「竹馬」と呼んで語り継ぎました。
後に、この草は「昇麻(しょうま)」という名で中薬に分類され、発熱や腫れを鎮め、上へと気を昇らせる薬として珍重されるようになりました。
そして今も、母を救おうとした娘のまごころと、夢に導かれた青年の献身の物語とともに、「竹馬」は静かに人々の暮らしを支え続けています。
おしまい
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