昔々、ある村に、裕福な家のひとり娘・小玲という美しい娘がいました。
その家では、小伏という名の若者が、家事を手伝うために雇われていました。
小伏は真面目で働き者。黙々と汗を流すその姿を見て、小玲は次第に心惹かれていきました。
けれど、小玲の父は身分の差を理由に、二人の想いを厳しく拒みました。
そして、小伏を屋敷から追い出そうとし、小玲には、別の裕福な家の息子との縁談を進めようとしました。
そのことを知った小伏と小玲は、涙ながらに話し合い、ついに家を出て、遠く離れた小さな村へと身を寄せました。
貧しくても、二人が一緒にいられることが、何よりの幸せでした。
ところがある日、小玲が風湿病を患い、体がだるく、寝たきりの日が続くようになりました。
小伏は懸命に看病し、何とかして彼女の病を癒したい一心で、山へ薬草を探しに向かいました。
山道を歩いていたとき、一羽の野兎が彼の前を横切りました。
小伏はすぐに弓を引き、矢を放つと、野兎の後ろ足を射抜きました。
けれど、兎は傷を負いながらも必死に逃げ、伐採された松林の中へと姿を消しました。
小伏は追いかけて松林に入り、しばらく探し回ったものの、野兎の姿は見つかりませんでした。
諦めかけたそのとき、一本の古い松の根元に、自分の矢が刺さった、球形の茶色い物体を見つけました。
不思議に思って矢を抜いてみると、その球体には裂け目があり、中には白くて柔らかい物が詰まっていました。
香りをかぐと、ほんのりと甘い土の香りがしました。
小伏はそれを持ち帰り、丁寧に煮て、小玲に食べさせました。
すると翌朝、小玲の顔色が明るくなり、寝返りも打てるようになっていたのです。
小伏は驚きと喜びを隠せず、日を改めてまた松林へ向かい、同じ球体の白い中身をいくつも見つけては、小玲に食べさせました。
やがて小玲の風湿病は完治し、元の元気な姿を取り戻しました。
この茶色の球体――正体は松の根元に寄生する「菌核」でしたが、当時の人々にはそのような言葉はなく、小伏と小玲が初めて見つけ、癒しの力を与えたということで、「伏」と「玲」――ふたりの名前を合わせて「伏玲」と呼ばれるようになりました。
そして、後の時代に薬草としてその名が正式に記されるとき、「草かんむり」が添えられ、今日まで受け継がれる名――茯苓となったのです。
おしまい
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