昔々、あるところに、一人の郎中(ろうちゅう――伝統的な医師)がいました。
彼には長い間、子どもがいませんでしたが、年老いてようやく、待望のひとり娘を授かりました。
郎中は喜びに胸を震わせ、大切に大切に娘を育てました。
けれども、娘は体が弱く、ミルクを飲んでは吐き、下痢を繰り返していました。
(これは脾が弱く、胃が冷えているせいだな。)
さっそく娘のためにいくつかの薬を煎じ、飲ませようとしました。
しかし、小さな娘は苦い薬を受けつけず、無理に飲ませようとすると泣きじゃくり、吐き出してしまいました。
一度、無理に薬を飲ませようとして娘を苦しませてしまってからというもの、郎中は娘に薬を与えることをひどくためらうようになりました。
ある日のことです。
郎中が家で薬草を整理していると、はいはいする娘が近くへ寄ってきました。
そして、転がっていた草豆蔻(そうずく)の実を手に取り、楽しそうに遊びはじめたのです。
草豆蔻は丸く艶やかで、見た目にも可愛らしい実だったので、娘が興味を惹かれたのも無理はありませんでした。
最初は郎中も、微笑ましく見守っていましたが、娘がそれを口に入れようとしたのを見て、あわてて止めに入りました。
ところが、娘は草豆蔻の味をとても気に入ったようでした。
草豆蔻は、辛味があって温性、芳香があり、ちょうど脾胃を温め弱さを補う効能を持っています。
苦い薬を嫌う娘に、どうやって効き目のあるものを飲ませるか悩んでいた郎中は、ふとひらめきました。
(そうだ、この草豆蔻を煎じて、汁だけ飲ませてみよう。)
思い立った郎中がすぐに試してみると――
驚いたことに、娘はその汁を喜んで飲んだのです。
何口も何口も、自分からすすんで飲みました。
それからというもの、娘はミルクもよく飲むようになり、みるみるうちに体力をつけ、元気に育っていきました。
草豆蔻の力を目の当たりにした郎中は、心から感謝しました。
(どうか、この娘が草豆蔻のように、香り高く、美しく、たくましく育ってくれますように。)
彼はそう願いながら、愛しい娘を抱きしめたのでした。
おしまい
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