【中薬を故事で学ぶ】 朱砂の故事 〜医術と迷信の対決〜

中薬の故事

昔々、ある村では、病気になると医者ではなく「方士(ほうし)」――いわゆる巫(みこ)――を頼るのが当たり前でした。

中でも「癲狂(てんきょう)」という心の病は、当時の医者では治せず、方士だけが治せると信じられていました。人々は皆「巫を信じ、医を信じず」という風潮に染まり、医者の力は顧みられなくなっていました。

その村に、一人の若き秀才がいました。学問の才に加え、多少の医術の心得もある人物で、村人たちが方士ばかりを信じるのを不思議に思っていました。

(あの方士たちは、符を書いたり念を唱えたりしているだけだ。いったいどうやって病を治しているというのだろう?)

彼は何か秘密があるに違いないと考え、真相を突き止めることを決意しました。

ある日、秀才は妻と相談し、一計を案じました。

妻が方士のもとを訪れ、「夫が癲狂になってしまいました」と訴えると、方士はすぐさま秀才の家へ駆けつけました。

その頃、秀才はすでに髪を乱し、顔に泥を塗り、地面に寝転がって大声で叫んでいました。

「我こそは玉皇大帝の婿ぞ! 天兵を率いて、妖怪退治にやってきた!」

方士はその様子を見て、本物の狂人と思い込みました。

すぐに松香に火をつけ、桃木の棒を用意し、鬼を祓う儀式を始めました。

碗に浄水を注ぎ、符を手に持ちながら、厳かに呪文を唱えます。

「天霊霊、地霊霊、神の命をもって鬼を追い、病を除く。この水を飲めば、妖は逃げ、鬼は散り、病は消える……」

そのときです。

方士が符を燃やそうとした瞬間、秀才が跳ね起き、素早く符をひったくると、方士を一蹴して家の外に追い出しました。

「我は玉皇大帝の婿であるぞ! そのような無礼を働くとは何ごとだ! 立ち去れ、老いぼれめ!」

方士は戸の外から何度も呼びかけましたが、誰も応じず、ついに諦めて去っていきました。

屋内に戻った秀才は、まず碗の水を一口飲みましたが、ただの水で味も何もありませんでした。

符をよく見ても、特別な術が仕掛けられているようには思えません。

(いったい、どこに病を癒す力があるのか……)

そう考えながら、彼はふと、符を書くのに使われていた「朱砂(しゅさ)」に目をとめました。

(まさか、これが鍵か?)

翌日、秀才は村の癲狂患者を招き、朱砂をほんの少し水に溶いて飲ませてみました。

すると、不思議なことに、患者の症状が次第に落ち着いていったのです。

秀才は確信しました。

――方士が治療に用いていたのは、念力でも祈りでもなく、符に使われていた「朱砂」そのものだったのだ!

こうして、朱砂の持つ薬効が明らかになり、それは後に「中薬」として正式に用いられるようになりました。

これは、迷信に満ちた時代に、ひとりの秀才が真理を見抜いた智慧と探究心の物語として、今に語り継がれています

おしまい


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