昔々、月の仙女が、天界の霊草「紫楹仙姝(しえいせんしゅ)」を地上に投じたと言われています。
その場所は、美しい山水に恵まれた西湖の河畔――切り立った崖の上でした。
この「紫楹仙姝」は天地の霊気を凝縮し、陰を滋養する不思議な力を持つ仙草で、天界では王母娘娘(おうぼにゃんにゃん)だけが育てることを許された貴重な薬草でした。
やがて、紫楹仙姝が地上に根を下ろすと、その山崖や河岸の草木は青々と茂り、土地全体が生命力にあふれるようになりました。
川辺の女性たちは毎日この川の水で衣を洗い、顔をすすぎました。
するとその肌は玉のように白くなめらかになり、いつまでも若々しく、老いることがなかったと伝えられています。
この奇跡を見届けた月の仙女は、王母娘娘から授かった「紫楹仙姝」の栽培法を人々に授けました。
以来、この仙草は千年にわたり地上の人々に潤いを与え、「千年潤」と称されるようになりました。
やがてこの仙草は、現代においては「石斛(せっこく)」と呼ばれるようになります。
「石」とは、この草が初めて発見されたとき、岩の上に生えていたことに由来します。
痩せた石肌に根を張り、わずかな湿気と光を糧に花を咲かせる姿から、強靱な生命力が見てとれます。
「斛(こく)」とは、古代中国の容量の単位で、一斛は十斗(約180リットル)に相当しました。
斛はまた、秦漢の時代には皇室専用の酒器でもあり、高貴さと尊厳の象徴でもありました。
この霊草に「斛」という名が与えられたのは、まさにその価値が千金にも等しいことを示すため――石に咲く霊草にして、王族の器にふさわしき貴さを持つという意味が込められているのです。
こうして、「紫楹仙姝」は「石斛」という名で今に受け継がれ、滋陰清熱・延年益寿の薬草として、今も人々に恩恵を与え続けています。
おしまい
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