町から遠く離れた小さな山村に、一人の老中医と一人の徒弟が住んでいました。
この老中医が、いつこの村にやってきたのかは誰も知らず、彼が医学の知識を持っていることも当初は誰も知りませんでした。
ただ、時折村人たちが風邪を引いたり、治りにくい病気にかかったりしたときに、「これを飲んでみなさい」と、老中医が山で採ってきた薬草を服用すると、不思議なことに病はたちどころに治ってしまうのでした。
村人たちは驚くとともに、老中医に対して畏敬の念を抱きました。
老中医は非常に変わった性格で、自ら進んで病気を診ることはありませんでした。
病人が彼の家を訪れても、「町の医者のところへ行きなさい」と言われるのです。
しかし、村人たちが町の医者の治療で効果が得られず、どうしようもない状態になると、老中医はふらりと現れます。
そして、ちょっとしたアドバイスや薬草を与えると、病はたちまち治ってしまうのでした。
老中医は一人の徒弟を育てていました。
この徒弟は、元は山村の孤児でした。
誰も引き取ろうとしなかったところ、老中医が彼を引き取ったのです。
偏狭な山村では、読書をしたり勉強をしたりする機会はほとんどありません。
ところが、いつの頃からか老中医が住む茅葺き屋根の家から、本を音読する声が聞こえてくるようになりました。
「犀角は心熱を解し、羚羊は肺肝を清す……」
「医の始まりは、岐黄、本は『霊枢』、『素問』、詳細は難経……」
「人参は甘味を持ち、大いに元気を補い、渇きを止め、生津し、営衛を調える……」
村人たちは誰も聴こえてくる内容を理解できませんでした。
何故なら、村人たちはただ、日が昇ると仕事に出て、日が沈むと帰ってくるだけの毎日を送り、土を耕し、働くのが当たり前だったから勉強をしたことがないからです。
村人たちは、治りにくい病気にかかったときにしか、老中医の家を訪れませんでした。
それ以外の時に訪れると、必ず老中医に厳しく叱られるからです。
村人たちはこの老中医に対して敬意と畏怖の念を抱いていました。
敬意は、村人が困難な状況に陥ったときに助けてくれることに対して、畏怖は、彼が決して村人に愛想を見せず、彼の時間を邪魔しようとする者に対して激怒することに対してです。
茅葺き屋根の家の中からは、朗々と響く童子の読書の声だけが聞こえ、そこに風の音、雨の音、枝に止まる小鳥たちの鳴き声が加わるだけで、他には何も聞こえませんでした。
ある日、教養をもつ通りすがりの旅人が、村人たちに教えました。
茅葺き屋根の家から聞こえてくるのは、中医学の基礎書である『薬性賦』、『医学三字経』の内容であること。
さらに『薬性歌括四百味』なども音読しているということでした。
村人たちはようやく、老中医が徒弟に医道を伝授しようとしているのだと理解しました。
ある日、徒弟が大喜びしながら老中医に言いました。
「おじいさん。おじいさんが私に覚えろと言った百冊の本を覚え終えました。私がすべて覚えたら、これらの本の中の物語を話してくれるのでしょう?」
老中医は髭を撫でながら微笑み、うなずいて言いました。
「確かにそう言ったね。では、明日からお前にこれらの本の中の物語を話してあげよう。短い間によくこれだけの本を覚えたものだ。私がお前と同じ歳だった頃よりもずっと優秀だよ、ふふふ……」
つづく
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