茅葺の家の周りには、無駄な草など一本もない。正しく使えば、どれもが宝となるのだ。
ある日、指月と祖父は、大小二つの薬籠を背負い、山の麓へ紫蘇を採取しに行きました。
祖父は、鎌を手に取りながら尋ねました。
「さて、指月よ。紫蘇にはどんな作用がある?」
指月は、祖父の性格をよく理解していました。
祖父はいつでも「突然の問い」を投げかけてくるのです。
指月は迷うことなく答えました。
「紫蘇は辛温の性質を持っていて、主な作用は三つあります。第一に、解表散寒作用があるので、風寒感冒の治療に使えます。第二に、行気寛中作用があるので、胸や胃の膨満感、気滞を改善できます。第三に、解魚蟹毒作用があるので、魚や蟹を食べすぎて中毒を起こし、腹痛や嘔吐、下痢になった場合に、紫蘇で解毒ができます」
祖父は、淀みない答えを聞いて満足げに頷いきました。
二人は山道を歩きながら、山のふもとへと向かっていると、一軒の農家が見えてきました。
この農家の主人は、よく河へ行って田螺(タニシ)を獲り、それを市場で売って油や塩を買っていました。
その主人の妻が、遠くから二人の姿を見つけると、大急ぎで駆け寄ってきました。
「先生! お待ちください!」
指月と祖父は足を止めました。
「うちの旦那が、昨日から吐いて下痢もしているんです! 今もお腹が痛くて動けません。お願いです! 助けてください!」
祖父と指月は、すぐに農家へ向かいました。
部屋に入ると、布団に横たわり、両手でお腹を押さえながら、苦しげに眉をひそめている主人が見えました。
祖父は、すぐに脈を診ました。
「昨日、お腹が痛くなる前に、何を食べた?」
すると、主人ではなく妻が答えました。
「田螺です! たくさん獲れて、売り切ることができなかったので、毎日食べていたんです。でも、昨日は特にたくさん食べすぎたみたいで……。食べた後、お腹がパンパンに張って、そのうち吐いて下して……結局、そのまま寝込んでしまいました」
祖父は、指月に問いかけました。
「指月よ。なぜ彼は吐いたり下したりしたんだ?」
指月は少し考えて答えました。
「それは、体が自分を守るためです! 食べ物が汚れていたり、食べすぎて消化できなかったりすると、体はその邪気を外に出そうとします。だから、吐いたり下したりするのは、体が自分で治そうとしている証拠です!」
祖父は、満足そうに微笑みました。
「では、どうやって治せばいい?」
指月は、手に持っていた紫蘇の束を掲げて答えた。
「祖父、答えはここにあります!」
祖父と指月は顔を見合わせて、大笑いしました。
祖父は、主人の妻に紫蘇を渡しました。
「この紫蘇を煎じて、ご主人に飲ませなさい。この束で二、三両(75~100g)ある。葉も茎も、すべて使える」
さらに、祖父は注意を促しました。
「うまいからといって、食べすぎるのは良くない。山海の珍味も、粗食には及ばない。魚や蟹、田螺は確かに美味いが、食べ方を間違えれば病を招く。今後は、腹七分を心がけなさい。腹いっぱい食べると、病まで食べ込んでしまうよ」
そう言い残し、祖父と指月は家へと戻りました。
翌朝――
指月は、部屋いっぱいに漂う紫蘇の香りで目を覚ましました。
「ん……? この香りは……?」
目をこすりながら起き上がると、祖父が一杯の「田螺紫蘇湯」を運んできました。
「ほら、食べなさい」
指月は、興奮して「バッ!」と跳ね起きました。
(おおっ! これは貴重な一品じゃないか!)
しかし――
指月の脳裏には、昨日見た農家の主人の青ざめた顔や、脂汗を流しながら苦しんでいる姿が蘇りました。
「あの主人、辛そうだったよなぁ……。もう自分を実験台にはしたくないよ……他人の失敗から学べるなら、それに越したことはないよね」
思わずこぼれ出た本音を聞いた祖父は、声を上げて笑いました。
「ははは! お前、また『試す』のが恐いのかい? でもね、今回は『実験』じゃない。これは、上等な田螺紫蘇湯だ。今朝、あの主人が元気いっぱいの姿で、田螺を持ってきてくれたんだ。だから、昨日採った紫蘇を使って、特別に作ったんだよ」
指月は目を輝かせた。
「えっ!? じゃあ、あの主人は良くなったんですね!?」
祖父は微笑みながら答えた。
「もちろんだ。紫蘇湯を飲んでからすぐに、お腹の痛みが治まり、昨夜はぐっすり眠れたそうだ。今朝は、生き生きと元気そうだったよ」
指月は、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、この田螺は安心して食べられますね!」
祖父は肯きました。
「もちろんだ。あの主人が食べた田螺には、新鮮な紫蘇が入っていなかったんだ。にも関わらず腹いっぱいになるまで食べたから、体が耐えきれなかったんだよ。魚や蟹、田螺を食べるときは、新鮮な紫蘇の葉を加えるのが一番だ」
「紫蘇は、香り高く、魚介類の臭みを消し、脾胃を温め、食欲を増進させる。さらに、解毒作用があるから、食べすぎによる消化不良や食中毒を防いでくれるんだ。だから、海鮮を食べるときは紫蘇を入れれば、心配はいらない」
祖父の話を聞いて安心した指月は、さっそく一口飲みました。
「おいしい! 香りもすごくいい!」
紫蘇の香りが口の中に広がり、田螺の旨味がしっかりと感じられました。
「これは、本当に美味しいですね!」
ゴクゴク……。
ほんの一瞬で、一杯の田螺紫蘇湯は、指月の胃の中へと消えていきました。
コメント