祖父と孫の中医学物語 第二話 風寒頭痛

中医学物語

茅葺き屋根の家は、先ほど一時的に降った雨粒が反射した光によって、キラキラと輝いてみえました。

戸を叩く音が聞こえました。

指月は興奮した様子で、急いで本を置き、椅子から飛び降り、小走りで戸を開けに行きました。

指月は、祖父の話を聞きたくてたまらないのです。

話とは、祖父が患者を治療して病気を治した後に、その治療について説明する話のことです。

さらに、指月は話を聞くよりも楽しみにしていることがありました。

それは、病気で苦しんでいたお年寄りや子供たちが、祖父が処方した薬で治り、笑顔で卵や野菜を持ってきてくれる姿を見ることでした。

指月はその卵や野菜が欲しいわけではありません。

みんなの笑顔を見るのが好きなのです。

そして、病気で苦しんでいる姿を見るのが嫌なのです。

彼も祖父のように、薬棚から数種類の薬を選んで処方し、村人たちの病気を治せるようになりたいと思っていました。

幼い頃から指月は、薬棚に並んでいるすべての薬に無限の想像をしていました。

それらの薬がどれほど不思議な力を持っているのか、とても興味を持っていたのです。

ドアを開けると、女が男に支えられて立っていました。

二人は夫婦でした。

妻は頭にタオルを巻き、片手で頭を押さえていました。

(頭痛かな?)

指月は彼女を診察机に案内し、老中医は手に持っていた古書を置きました。

祖父はいつも、このような患者の診察を拒否していました。

しかし、指月が多くの書籍を暗記し終えていたので、祖父は臨床を通して、指月の知識をさらに深める時が来たと考えました。

この日以降、祖父は村人たちが診察を受けにきても拒まなくなりました。

診察机の椅子に座るなり、夫は心配そうな表情で話し始めました。

「先生。昨日、私たちは田んぼで仕事をしていていました。すると、急に大雨が降ってきたので、急いで家に帰ったのですが、すっかり濡れてしまいました。家に戻ってからしばらくして、妻は寒気と頭痛を感じ始めました。今日になっても痛みは治るどころか、ますます悪化しています。先生、どうか妻を治してください」

祖父はまず、静かに脈を診ました。

そして、何やらうなずくと妻に向かって言いました。

「今も寒気を感じていますか?」

妻は苦しそうにうなずきました。

「全身が縄で縛られたような不快感があって、頭が痛くて、骨の奥まで痛むよう……うう」

痛みのせいか、妻は話し終える前に呻き声をあげました。

祖父は彼女に舌を出すように言いました。

祖父は淡い舌と薄く白い苔を確認すると、指月に向かって言いました。

「指月、この脈象は何かな?」

指月は祖父と同じように、人差し指、中指、薬指をそろえて妻の手首にあて脈を診ました。

指をあてた瞬間、3本の指にはっきりと脈の拍動を感じました。

「浮脈だと思います」

「思います?」

指月はハッとして、すぐに「浮脈です」と確信を持って答えました。

「浮脈は浮脈だよ。はっきりしない言葉を使うのは止めよう」

祖父は「思います」という言葉が気に入らなかったのです。

指月は自分が曖昧な言葉を使ったことを悟ると同時に、祖父が曖昧さを嫌うことを理解しました。

「脈は浮いていて、緊張してピンピンしている。力も強い。つまり、浮緊脈だ」

「全身が縄で縛られたように感じ、頭痛と骨痛があり、汗が出ない、脈は浮緊。この場合、何を使う?」

指月はすぐにピンときました。

これまで覚えた書物の記憶から、祖父が言った所見に最適な薬物が浮かび上がってきたのです。

確信を持って「麻黄!」と答えました。

祖父はうなずき「それでは麻黄湯を書きなさい」と言いました。

指月は処方を書く紙に筆を走らせました。

その字は非常に迅速かつ丁寧でした。

「病気は一刻を争うものだから、時間を無駄にしてはいけない。処方を書くときは、字を速く書く必要がある。だからといって、いい加減に書いてはいけない。丁寧に書くんだ。読みにくい字を書くことは、真の医者の風格ではない」

これも祖父が一から教えたものでした。

だからこそ、背読や毛筆の練習において、祖父は厳格な要求をしていました。

背読の際は言葉をはっきりと発音すること、毛筆は清楚で整然としていること。

決して雑になってはいけないのです。

指月は筆を止めました。

美しい麻黄湯(麻黄、桂枝、杏仁、甘草)が黄みがかった紙に広がっていました。

小指月は祖父に「何日分ですか?」と尋ねました。

「外感病を治療するには、速さが大切だ。一日分で発汗させる」

祖父はいつも必要最低限の量しか処方しませんでした。

一回の処方で問題を解決できるなら、二回目を出す必要はないのです。

夫婦は処方を受け取ると、お礼を言って帰りました。

指月は夫婦を見送ると、二人の背中に向かって「治りますように」と小さな声でつぶやきました。

午後になり陽が傾きかけた頃、午前に診察した妻の夫が卵を持ってやってきました。

「最初の一杯を飲んだだけで、バッと汗が出てきました。するとみるみる頭痛が治まりました。その他の症状もなくなりました」

そう報告する夫の表情は驚きと喜びで満ちていました。

祖父はうなずいて言いました。

「今の季節は三日間も晴れが続かない。雨が多いので、外で仕事をする際は面倒くさがらずに、雨具を持って行きなさい。彼女は体が弱いので、雨風にさらされないように気をつけなさい。今回も治ったからといって無理はせず、しばらく休まなさい」

夫は「分かりました」と答えると、改めて感謝の言葉を伝えて帰って行きました。

夫を玄関で見送った祖父は、そのまま指月に尋ねました。

「なぜ麻黄湯を使って風寒頭痛を治療したのか分かるかい?」

指月は祖父の目をまっすぐ見つめ答えました。

「その原因が体表にあるので、発汗させるためです」

祖父はその通りだとうなずきました。

「以前、祖父は私にこう話しました。村人たちが働いて汗をいているときに突然雨に打たれると、水気が毛孔に入り込む。その上、毛孔が閉じてしまい発散できない。だから、汗が出なくなり、頭痛や骨関節痛を引き起こす。だから、麻黄湯を使って体表で発汗させ、風寒を体外に排出するのだと」

祖父は自分が話したことを指月がきちんと覚えていたことがよほど嬉しかったのか、普段あまり見せない笑顔になっていた。

「その通りだ! 麻黄は肺経の専薬で、肺は皮毛を主る。皮毛が閉じている場合、麻黄を使って直接肺気を開放し腠理を開くんだ。閉じこもった風寒と水湿が発散すれば、体が縄で縛られているような状態が一気に解けるんだよ」

祖父は玄関に置いてあった傘を手に取りました。

「見てごらん、麻黄はこの傘のようではないか?」

指月は首を横に振って言いました。

「祖父、麻黄は小さな管のように見えますが、傘には見えません。」

祖父は笑いながら言いました。

「麻黄の形は中空であり、中空であることが表裏の気を通じさせるんだ。その性格は辛温であり、発散に優れている。だから、麻黄を使うことは、雨が降ったときに傘を開くようなものなんだ。体内に雨湿が入ろうとすれば、すぐに傘を外に広げ、皮膚表面に金鐘罩(きんしょうとう)のような気のバリアを布くのだ。これにより、毛孔が通じ、雨湿は体内に入れない。その結果、頭痛や骨関節痛、寒気も全て治るのだ」
*金鐘罩:気功によって全身を金色の鐘で覆い包んだように硬くすることで、あらゆる攻撃を受け付けなくする技

指月は嬉しそうに何度も何度もうなずきました。

祖父は指月が一度聞いたらずっとに忘れないように、医理薬性をいつも身近な物事に比喩させていました。

この比喩を用いた説明が聞きたくて、指月は診察が終わった後、必ず祖父に尋ねるのです。

「なぜこれらの薬草が病気を治せるのか? どのような機序で病気を治すのか?」

どんな時でも祖父は信手拈来(文章を書くとき,語彙や材料が豊富ですらすらと書けること)で、医学の道理を魅力的な物語のように語ってくれます。

だから、指月は中薬の世界が大好きなのです。

つづく


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