ある青年が、まだ二十代前半だというのに、すでに頭髪がまばらになり、どんな薬も効かずに困り果てていた。
ある日、両親に連れられて、指月と祖父のいる茅葺の家を訪ねてきた。
指月は、青年が帽子をかぶっているのを見て不思議に思った。
(外は晴れていて、雨も日差しも強くないのに、なぜ帽子を……?)
祖父が尋ねた。
「いつから髪が抜けはじめたんだい?」
その言葉で、指月もすべてを察した。
若くして髪が抜け始めるのは見た目にもつらく、知らない人から見れば重い病気か何かだと勘違いされかねない。
青年は恥ずかしそうに答えた。
「もう三年くらいになります……」
父親も続けて言った。
「うちは先祖代々、誰もハゲたことなんかないんです。腎を補って髪を生やすという薬を一年以上飲ませたのに、効くどころか、かえってひどくなってしまって……」
祖父は脈をとると、ふっと笑みを浮かべて、その原因をすぐに見抜いた。
そして指月に言った。
「手と足を触ってごらん」
指月が触れた瞬間、思わず手を引っ込めた。
「うわ、冷たい!」
父親が肯いた。
「そうなんです。前はそんなことなかったのに、薬を飲むようになってから、手足がどんどん冷えてきて……。まさか、重病なのでしょうか?」
祖父は真剣な顔で肯いた。
「これは決して軽い病ではない。このままでは、そのうち眉毛もヒゲも抜け落ち、まだ二十そこそこの若さでまるでお爺さんみたいになる。お嫁さんどころじゃないよ」
それを聞いて、親子はさらに不安を募らせた。
「どうか、うちの子を助けてください!」
「もちろんだ。皆はしばらくここにいなさい。この子を連れて、少し外を歩いてくる。薬を探しにね」
そう言って、指月には茶を淹れるように頼み、青年だけを連れて外へ出た。
指月は複雑な気持ちになった。
(薬草を探すなら、ぼくが行けばいいのに……。どんな薬草でも、ぼくなら見つけてくるのに……)
何かが腑に落ちなかったが、そのまま二人を見送った。
祖父は青年を連れて、いくつかの丘を越えた。
やがて一本の枯れ木の前に立ち止まった。
青年は不安そうに尋ねた。
「先生、ぼくの病気……治るのでしょうか? どんな薬を使うのですか?」
祖父は穏やかに笑って答えた。
「他人には治せんよ」
「えっ……!?」
青年の顔が青ざめる。
「でもね、自分自身なら、救えるんだよ」
青年は意味がわからず、祖父の言葉を何度も心の中で繰り返した。
「自分で自分を救う……?」
祖父は枯れ木を指さした。
「さて、この木はなぜ枯れたと思う?」
青年が近づいて根元を見ると、根が掘り返されていた。
「きっと、誰かがこの木の根を薬にでも使おうとして掘り取ったんですね。だから、栄養が届かなくなって枯れたんだと思います」
祖父はしゃがみこみ、傍らの草を引き抜いた。
「ほら、これを見てごらん」
草の根を取り除いて、また土に挿し戻し、こう尋ねた。
「三日後、この草はどうなる?」
青年は即答した。
「枯れてしまいます」
祖父はにっこり笑った。
「そうだ。それがわかれば、もう君の病気は治ったも同然だよ」
青年はますます困惑した。
祖父は、ゆっくりと語りはじめた。
「自分の身体、特に“根”を、もっと大切にしなさい。なぜ今日、君をひとり連れ出したかわかるかい?君の“精神”が、もっとも重要だからだ。これからは、もう自慰はやめなさい」
青年は顔を真っ赤にしてうつむいた。
「若いということは、本来なら精も神も満ちていて、筋肉も骨もぐんぐん育つ、かけがえのない時期だ。それなのに、そんな行為にふけってばかりいて、それに加えて腎を補うとか、髪を生やすとかいう薬まで大量に飲んで、そんなふうに早くから自分の体を無理に“成熟させよう”とするのは、健康には何の助けにもならない。このまま自慰を続けていけば、根を絶たれた草や木のように、君の体もやがてはああなってしまう。今だってすでに手足は冷たくなってるだろう?この先は、ちょっと風に当たっただけで風邪をひくようになり、それどころか、風に吹かれただけで寝込むような体になってしまう。ちょうど、根を失った枯れ木が、一陣の風で倒れてしまうようにね」
青年は恥ずかしさと反省の入り混じった面持ちで、ポツリとつぶやいた。
「……もう、しません」
祖父はその答えを聞いて満足した。
「“腎”は五臓六腑の根本。若いうちに“精”を損なえば、それはまさに“根”を傷めることになる。木が根を断たれれば葉が枯れる。人もまた、根が弱まれば、髪は抜け、白くなっていくのだよ」
家に戻ると、両親が焦ったように尋ねてきた。
「薬は……見つかりましたか?」
祖父は穏やかに答えた。
「生姜をすりつぶして、脱毛の部分に擦りこみなさい。一日二~三回、半月ほど続けてごらんなさい」
あまりに簡単な処方に、両親は半信半疑だったが、祖父はこう付け加えた。
「家に帰ったら、朝昼晩と一日三回、こう問いかけなさい。“先生の言葉を、ちゃんと覚えているか?”と」
両親も指月も、その言葉の真意はわからなかった。
(生姜を擦るだけの処方を忘れるはずなのに……)
それは、青年と祖父だけが知る秘密だった。
三か月後、再び親子三人が茅葺の家を訪れた。
青年の頭には、黒々とした髪が生え、帽子はすでに不要となっていた。
補腎薬など、もう一切飲んでいなかった。
祖父は静かに微笑んだ。
「言っただろう? 君自身が、自分の病を治すことができると」
青年は顔を赤らめ、深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
そのころ、指月は古い書物を読んでいた。
そこにはこう記されていた。
「生姜を搗き、脱毛の箇所に擦りつけるべし。
一日数回、継続すれば、抜け毛を防ぎ、はげを治す」
「なるほど! なるほど!」と指月は喜んで声を上げた。
だが、祖父は指月の頭を軽くコツンと叩いて言った。
「お前は“そうなる”ことは知っていても、“なぜそうなるか”を知らない。表面のことはわかっても、その本質まではわかっていないんだよ」
なぜ、人によっては効かない処方が、祖父の手にかかると確かな効果を発揮するのか。
なぜ、生姜を擦るだけの行為に、深い意味があるのか。
指月がその答えにたどり着くには、まだしばらくの年月が必要だった。
けれど、あの“枯れ木”のそばで祖父が語ったことが、のちにすべてを理解するきっかけとなるのである——
あの木こそが、真の薬であり、真の導きだったのだ。
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