ある年配の男が、長年の自病に対して、医者の真似事をするようになった。
持病とは、「慢性的な便秘」だ。
たびたび大黄を数片煎じてお茶にし、それを飲んで便通を促していた。
特に油っこい料理や焼き物を食べたあと、腸内が停滞して数日も便が出ないときには、家に常備してある大黄を数枚取り出し、お茶として飲んでいた。
飲めばその日のうちに通便があった。
ところが、次第に大黄の量を増やさなければ効かなくなっていった。
ついには、何を食べたかに関係なく、大黄を飲まなければ便が出なくなってしまった。
彼は不安になった。
「毎回の排便が大黄頼みになってしまったら、体がもたない‥‥‥」
ところが、状況はさらに悪化した。
大黄を服用しても効果がなく、1週間以上便が出ていなかった。
焦りに駆られ、ついに茅葺の家を訪れた。
祖父が脈をとりながら指月に状況を説明した。
「これは長年苦寒の薬を使いすぎた結果、実証を虚証にしてしまった例だよ。脈は沈んで締まっている。内には積滞があり、外から寒邪が拘束しているんだ。腸が本来持っている動力が、大黄の下剤作用で消耗されてしまっているんだ」
彼は少し医術を知っているつもりで、最初は得意げだったが、結局その“知恵”が仇となったのだ。
「どうしていつも大黄に頼って排便したんだ? 薬は食事ではない。常用すべきものではないんだよ。邪がなければ、下すものは正気だ。正気を下せば、腸は麻痺する」
「では、どうすればよいのですか?」
「今後は肉よりも野菜を多く取り、日光の下をよく歩きなさい。揚げ物や焼き物を食べたら、寝転がってテレビを見るのではなく、体を動かさねばならないよ。腸を意識的に動かすことが大切なんだ」
彼は何度もうなずいた。
祖父が言っていることは、まさに彼の日常だったのだ——揚げ物や焼き物をつまみ、ビールを飲みながら寝転がり、夜通しテレビを見る。
こうした悪習慣こそが、トイレに座っても便が出ず、出てもスッキリしない原因だった。
いろいろと思い出して反省している彼の代わりに、指月が尋ねた。
「では、どうすればいいのでしょうか?」
「寒涼薬を過度に使ったことで起きた問題は、温通の薬で取り戻すしかない。ただし、患者の腸には食積があり、腸の動きも弱く、虚と実、寒と熱が入り混じっている。だから寒と温の薬を併用する」
そういうと、祖父は彼に、普段使っている大黄に、さらに5グラムの細辛を加えるよう指示した。
彼は不思議そうな表情を浮かべた。
「たったそれだけ加えるだけで、効くんですか?」
祖父は微笑んだ。
「導火線は少しあれば十分。多くは要らない」
帰宅後、彼は言われた通りに大黄と細辛を一服飲んだだけで、すぐに便通が滑らかになった。
まるで、細辛という導火線により、腸の奥まで一気に通じたような感覚だった。
「もう生半可な知識で、医者の真似事をするのはやめよう」
その後、彼は私生活を見直し、大黄に頼らずとも自然に排便ができるようになった。
指月は疑問に思ったことを祖父に尋ねた。
「どうして細辛で便通が良くなったのでしょうか?」
祖父は笑って言った。
「便を通じさせたのは細辛ではない。細辛は気が盛んで味が烈しく、上下の気機を通じ、風邪を散じる働きがある。微細な場所にも行き届き、至らぬ所がないんだ。上は頭頂に達して耳目を通し、七竅を開く。、中では鬱結を散じ、四肢百骸にまで通じさせる。下は腸腑の瘀滞を通す。つまり、細辛は内にあっては脈絡を巡らせ百節を疏通し、外にあっては孔竅を行き肌膚にまで直ちに透達させるんだ。だから、五臓六腑に寒が凝滞し、気が塞がって動かないときには、辛味をもって開通させる。そして身体の津液を、必要とされる場所へと運ぶんだ。これこそ、古典に言う『辛以潤之(辛をもって潤す)』の道理だよ」
指月は、ここで初めて「辛以潤之」の意味が腑に落ちた。
これまで津液を潤すとは、酸味や甘味のある濃厚な薬だけだと思っていたが、辛味にも潤す働きがあると知って、思わず目を見開いたが、次の瞬間、また首をかしげた。
その様子をみて、祖父は指月に、冬と夏の木の違いについて質問した。
「どうして冬はあれほど水をやっても木は枯れているのに、夏は太陽がこれほど強く照りつけていても、木々は瑞々しいままなのだろう?」
指月は頭をぽんと叩き、「わかった!」と、声を上げた。
「酸味や甘味のある滋養の薬は“体”を補い、辛くて温かい発散の薬は“用”を助ける。細辛はまさに陽光のようなもので、水分をあらゆるところに運び出し、津液を気化して全身に巡らせ、五臓六腑の最も必要とするところへ導いてくれるんですね。つまり、辛味はあくまで「方法」であり、その雄々しい陽気を通じて、津液を五臓に和調し、六腑に潤いを撒くことこそが「目的」です。同じ「津液不足」と見える状態でも、二通りの理解が必要ですね。一方は本当に津液が不足している場合。このときは白芍・生地黄・当帰といった滋陰薬を使って、津液を増やし、潤いをもって大便を通じさせる。もう一方は、津液自体はあるにもかかわらず、寒痺が強すぎて陽気の推動機能が衰えているため、津液が氷の塊のように固まり、流れなくなっている状態。こうしたときに滋養ばかりしても効果はありません。辛味の発散薬を用いて、陽気を動かし、氷を溶かすことで津液が自然と巡り始める。これは『補わざる中に、真の補いがある』という理に通じます」
興奮が治まらない指月は、すぐにノートに書き留めた。
細辛には「辛以潤之(辛をもって潤す)」の作用がある。
大便が秘結している場合、寒涼の下剤を長く使いすぎると、かえって病態を悪化させることがある。
これは「寒秘」となる。
このとき、身体には津液があるにもかかわらず、滋潤されず、腸が滞り硬くなっている。
そこで少量の細辛を用いることで、硬直した腸管に活動をもたらす。
こうして腸に動力と津液が供給され、通降の働きが一気に高まる。
ゆえに、大黄に細辛を加え、腸道を開通させれば、その瀉下作用は一層強くなる。
したがって、老年人の冷秘や風秘を治す際には、弁証に応じて少量の細辛を方剤に加えることで、「辛潤通腑」の効能を強化することができる。
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