中医学の薬の配合は非常に不思議なもので、どんな良薬と言われるものでも、もし誤った使い方をすれば、取り返しのつかないことになります。
一枚の紙に記される分量のわずかな違いでさえ、決して瑣末にはできません。
指月は、頬杖をつきながら、祖父が語る桂枝亭の物語に耳を傾けていました。
祖父は紙に「時に砒霜(ひそ)は人を救い、運尽きれば桂枝も命を奪う(時来砒霜救人,運去桂枝喪命)」と書きました。
そして指月に問いました。
「毒薬を命を救う霊丹妙薬に変えることも、良薬を人を殺める刃に変えることもできる。この道理は何かわかるか?」
指月は「う〜ん……」と考え込みました
その様子をみた祖父は、静かに語り始めました……。
清朝の時代、ある富裕な家の妾が傷寒にかかりました。
そこで、当時の名医である金慎之が治療を依頼されました。
金慎之は脈を診て、病状を確認しました。
(悪風、汗出、脈浮緩だな)
「彼女は風寒表虚証です。だから、風にあたるのを嫌い、汗が出て、脈が浮いていて緩やかなのです」
そこで、彼は『傷寒論』に記載されている桂枝湯を処方しました。
妾はもともと体が弱く、薬の力に耐えられないと判断し、金慎之は桂枝を五分だけ使用しました。
富豪は処方箋を持って地元の薬房に行き薬を調合してもらいました。
ところが、新入りの学徒が五分を五銭と勘違いし大量に調合してしまったのです(銭は分の10倍)。
富豪は薬を持ち帰り妾に煎じて飲ませたが、翌日に妾は命を落としてしまいました。
指月は驚きました。
「桂枝で人が死ぬ」という話は今まで聞いたことがなかったからです。
祖父は指月の疑問を察し、「弁証を誤れば、良薬も凶器となる。薬が正確に使われれば、刃物も医療器具となる」と言いました。
指月は以前覚えた古訓を思い出しました。
『承気が胃に入り、陰が盛んならば亡くなり、桂枝が喉に入り、陽が盛んならば命を奪う』
何となく覚えていた言葉でしたが、今、祖父の話を聞くと、背中に冷汗が流れました。
薬を使うことは、刀を使うことと何ら変わりないのです。
薬は正しく使用すれば病を治す、使用を誤れば人を傷つけることになります。
指月は話の続きが気になって仕方がありませんでした。
「その後どうなったのですか?」
指月の様子を見て、祖父はこの話をした目的が達成されたと確信しました。
祖父は指月に、薬を調合する際には注意深く、集中しなければならないことを教えたかったのでした。
集中しなければ、小さなこともうまくできません。
食事中に集中しないと、お碗や箸を落としてしまうかもしれません。
お碗は割れても買い直すことができますが、人は命を落とすと取り返しがつきません。
指月は普段、楽しそうに振る舞ったり、悩んで落ち込んだり、感情豊かな少年です。
それでも、ひとたび薬房に入れば黙り込み、厳粛な態度で慎重に行動する必要があります。
では、ずっと厳粛な態度でいればいいのかというとそうではありません。
ただ自由な思考だけでは、偉大な医師にはなれないし、ただ実直に働くだけでは、思考が広がらず、やはり偉大な医師にはなれません。
豊かな感情も、厳粛さも、どちらも偉大な医師になるために大切な要素なのです。
祖父は指月に向かい話を続けました。
「この富豪は当然、黙っていなかったよ」
富豪はすぐに地元の役所に訴えました。
そして、金慎之は法廷に立たされることになりました。
(私は自分の名前の意味に従い、医者として一生慎重に生きると自分に言い聞かせているのだ。私は薬を使う際には再三確認し、熟考してから使用する。どうして間違いを犯したのだろうか?)
*金慎之は「慎重に生きることを金科玉条とする」という意味
彼は心の中で何度も自分に向かって問いかけました。
真実を明らかにするため、富豪に薬の残りを持ってくるように頼みました。
薬を調査したところ、桂枝の量が五分をはるかに超えていることが判明したのです。
さらに調査を進めると、薬房の新入り学徒が薬を間違えて調合していたことも判明しました。
それが原因で人命を損なったという事実が明らかになりました。
裁判の結果、薬房が富豪の妾の喪失費用を全て負担することになりました。
さらに、薬房は墓の横に亭を建てました。
今回のできごとが桂枝が原因で起こったことを忘れないために、その亭は桂枝亭と呼ばれるようになったのです。
この物語は、名医だけでなく、薬房で薬を調合する人にも慎重さが求められることを示しています。
祖父は紙に書かれた言葉を指さし、しばらく間を置いてから話を続けました。
「金慎之はこのできごとで投獄されるところだった。彼はその後、この言葉を書いたんだ」
時に砒霜は人を救い、運尽きれば桂枝も命を奪う
「金慎之はかつて砒霜を使って腫瘍や肝癌の患者を治療したことがあるのだが、薬房の誤りとはいえ、桂枝が人の命を奪うことになるとは思ってもいなかった。これ以降、金慎之自身がさらに慎重になったのは言うまでもないが、「薬房も同じように慎重さが求められる場所である」ということを後世に伝えるために、この教訓を残したんだ」
わずかな誤りが大きな悲劇を招くことがあります。
この日、指月は薬を扱う身として、生涯忘れない教訓を得たのでした。
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