昔々、九月九日の重陽節に、とある店で裕福な若者たちが、誰が一番多く蟹を食べられるか競っていました。
※重陽節:9が月と日に重なる日。中国では奇数のことを陽数といい、縁起がよいとされてきた。 なかでも最も大きな陽数「9」が重なる9月9日を「重陽の節句」と制定。
蟹は大きく、味付けはこってりしていて、食べれば食べるほど美味しさが溢れてきました。
食べ終わった蟹の殻は、テーブルの上に塔のように積み重ねられていました。
その店に華佗は弟子を連れて、酒を飲みに来ました。
華佗は若者たちが競って蟹を食べているのを見ると、若者たちのテーブルへ行き助言をしました。
「蟹は寒性なので、多く食べてはいけません。誰が一番多く食べるか競うことに何の利益もありませんよ」
それを聞いた若者たちは明らかに不機嫌になりました。
「自分たちのお金で買ったものを食べているんだ! あんたにとやかく言われる筋合いはない!」
華佗は言いました。
「食べすぎるとお腹をこわしますよ! そのときは命にかかわるかもしれません!」
若者たちはますます怒り、「ふざけるな! 脅すような真似しやがって! 我々が死んでもお前には関係ないだろう!」と怒鳴りました。
結局、酔っ払った若者たちは華佗の忠告を全く聞き入れず、飲み食いを続けました。
それどころか、若者の一人が華佗を馬鹿にするように笑いながら言いました。
「蟹を食べて死ぬなんて馬鹿げた話し聞いたことあるか? 我々は好きに食べる。あんただけ食べすぎで死ねばいいさ!」
華佗は、非常識な彼らにこれ以上何を言っても無駄だと思いました。
そこで、店の主人に言いました。
「もう彼らに蟹を売ってはいけません! これは命に関わります!」
店の主人は若者たちからまだ儲けたかったので、華佗の言葉を聞き入れる気はありませんでした。
それどころか、華佗に向かって怒鳴り声をあげました。
「余計なお世話を焼くな! あんたが口を出すことではない! 俺の商売に口出しするな!」
華佗は「はぁ」と大きなため息をつくと、弟子たちのテーブルに戻り酒を飲み始めました。
数時間が経ち夜中になりました。
突然、若者たちは「おなかが痛い!」と叫びだしました。
中には大量の汗をかく者や、テーブルの下で転がる者もいました。
店の主人は驚き、急いで若者たちに駆け寄りました。
「大丈夫か!? どうしたんだ!?」
若者たちは苦悶の表情を浮かべながら「お腹が痛いんだ、早く医者を呼んでくれ!」と言いました。
「こんな深夜に、どこで医者を呼べというんだ?」
主人はどうしていいか分からず、あたふたするしかありませんでした。
「頼む! 死にそうだ!」
その時、華佗が若者たちの元へ来て言いました。
「私は医者です」
「え!」
蟹を食べすぎないように忠告してきた老人が医者だと知り、若者たちはとても驚きました。
華佗に無礼を働いた若者らでしたが、もはや面子を気にしている余裕はなく、お腹を抱えながら頼みました。
「先生、どうか治してください! お願いします! 助けてください! お金ならいくらでも払います!」
華佗は「お金はいりません」と答えました。
「それならお望みを何でも言ってください!」
華佗は若者たちを見つめ「君たちに一つ約束してもらいたいことがある」と言いました。
若者たちは、この痛みが消えるなら何でも構わなと思いました。
「一つでも百個でも千個でもいいです! 先生、早く言ってください!」
「これからは、老人の忠告には従い、むやみに暴れないことを約束してくれるか?」と、華佗は真剣な眼差しで若者たちに問いました。
「約束します! 必ず! だから先生、助けてください!」
「ちょっと待っていなさい」
華佗は弟子を連れて外に出ると、紫色の草の茎葉を摘んできて、それを若者たちに食べさせました。
しばらくすると、彼らのおなかの痛みは嘘のようになくなりました。
「どうですか?」
「楽になりました。良かった……」
若者たちは安堵の声をあげました。
その時、華佗は心の中でふと思いました。
(そういえば、この薬草にはまだ名前がなかったな。どうやら患者は本当に楽になったようだ。そうだ、これからこの薬草は「紫舒」(しじょ)と呼ぶことにしよう)
若者たちは華佗に感謝の意を示し、別れを告げ家に帰りました。
華佗は店の主人に言いました。
「危ないところでしたね。これからは金儲けばかりに気をかけず、人の命も気にかけなさい」
店の主人は「はい」と何度も何度も肯きました。
店を出てたところで弟子が華佗に尋ねました。
「先ほどの紫色の植物は蟹の毒をみごとに消しました。どの書物に載っているのですか?」
華佗は何かを思い出している様子で空を見上げていました。
それから、顔を弟子の方に向けると、一瞬クスッと笑って話し始めたのです。
「本には載っていない。これはある動物から学んだんだ」
ある夏の日、華佗は江南の川辺で薬草を摘んでいました。
その時、カワウソが大きな魚を捕まえているのを目撃しました。
魚を食べたカワウソのお腹は、太鼓のように膨れていました。
それから少し時間が経った後、カワウソは急に横たわりもがき苦しみだしたのです。
カワウソは非常に苦しそうでした。
「大丈夫なのか?」
華佗が心配していると、カワウソはゆっくりと川岸へ向かい移動を始めました。
その先には紫色の茎葉を持つ植物がありました。
カワウソは茎葉までたどり着くと、むしゃむしゃと茎葉を食べ始めました。
食べ終わってからしばらく横になると、まるで何もなかったかのようにスッと川に入り泳いで去ってしまったのです。
それを見ていた華佗は驚くと同時に、何が起こったのかを分析し始めたのです。
「魚は寒性。ということは、あの紫色の茎葉は温性で、魚の毒を解いたのだろう」
それ以来、華佗はその出来事を心に留め、紫色の薬草を薬に使用するようになりました。
この薬草は補脾、利肺、理気、寛胃、止咳、化痰の効果があり、さまざまな病気を治療できることが分かりました。
*寛胃(かんい):胃を楽にする
華佗は、この薬草が紫色であり、お腹をすっきり気持ち良くする効果があるため、「紫舒(舒は「伸びる、心地よい」という意味)」と名付けたのです。
それが、何故か後に「紫蘇」と呼ばれるようになりました。
これはおそらく両者の発音が似ていたため、間違えられたと考えられています。
紫舒(zishu:ズーシュー)
紫蘇(zisu:ズースー)
おしまい
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