むかしむかし、江南の山あいに、一軒の生薬店がありました。
その店は村でただひとつの薬屋であり、店主は豊かな暮らしをしながら、人々に強い影響力を持っていました。
村の誰かが病にかかれば、薬を求めてこの店に足を運ぶしかありませんでした。
けれど、店主は薬を高値で売りつけ、人々に銀貨をしぼり取っていました。
ある日のこと。
村のはずれの貧しい家で、一人の子どもが高熱を出して寝込んでしまいました。
顔は真っ赤にほてり、唇は乾き、うわごとを呟くほどの熱でした。
父親は心を痛め、わらにもすがる思いで薬屋を訪ねました。
すると店主は、「これは危ない熱だ。羚羊の角を煎じて飲ませれば下がるだろう」と言いました。
「では、それをください」と父が言うと、店主は無情に答えました。
「十両だ。」
父は目を見開きました。
「どうか安くしてください。そんなお金、とても用意できません……!」
しかし店主は、鼻で笑うように言いました。
「買えないなら、飲ませられぬ。ただそれだけのことだ。」
父は涙をこらえながら家に戻り、病の子のそばでただ見守ることしかできませんでした。
そのとき――
戸口にひとりの物乞いが現れました。
みすぼらしい身なりながら、穏やかな眼差しを持ったその老人は、家の様子を見て静かに言いました。
「……子どもの熱が高いのですね。」
父は思わず泣きながらうなずきました。
物乞いは言いました。
「羚羊の角がなければ熱が下がらない――そんなことはありません。1銭もかからない方法がありますよ」
「なんですって……? ただで治せるんですか?」
「ええ。池のそばに生えている芦の根を掘ってきて、それを煎じて飲ませるのです」
父は半信半疑ながら、すぐに池のほとりへと走り、芦の根を掘り出して家に持ち帰りました。
それを丁寧に洗い、煎じて子どもに飲ませたところ――
なんということでしょう。
子どもの顔から赤みが引き、額には冷たい汗がにじみ、数時間のうちに熱がすっかり下がったのです。
父は驚き、そして深く感謝し、物乞いの老人に何度も頭を下げました。
その後、父は彼と親しくなり、老人からさまざまな薬草の知識を学びました。
物乞いは惜しみなく教えを与え、他の村人にも分け与えました。
それからというもの、この村では、熱が出るたびに薬屋に走る者はいなくなりました。
誰もが池に行き、芦の根を掘って薬をつくるようになったのです。
こうして芦の根は、熱を下げるやさしい薬として村じゅうに広まりました。
おしまい
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