昔、ある秀才(科挙試験に合格した学者)の母親が瘰癧(結核性頸部リンパ節炎)という病気にかかりました。
首が大きく腫れ上がり、膿が流れ出ていました。
多くの医者が「この病気は治りにくい」と言うので、秀才は非常に心配になりました。
ある日、薬を売り歩く医者が秀才の下を訪れました。
「お母さんの病気の話を聞きました。山にはその病気を治すことができる薬草があります」
「本当ですか!?」
秀才は医者に助けを求めました。
医者は山に登り、紫色の花穂がある野草をいくつか採ってくると、その花穂を煎じて秀才の母親に飲ませました。
数日間服用すると、膿が止まり赤みが引いてきました。
そして、ついに病気が完治したのです。
母親は医者を家に泊めて、厚くもてなしました。
医者は、昼間は薬を採って売り歩き、夜は秀才の家に泊まりました。
秀才は医者とたくさん話すうちに、だんだんと医学に興味を持つようになりました。
1年が過ぎた頃、医者は故郷に帰ることになりました。
出発前、医者は秀才に言いました。
「1年間、世話になったね。どれくらいの宿代を渡せばいいかな?」
秀才は首を横に振りました。
「あなたは母親の病気を治してくれました。恩人なのです。宿代なんて必要ありません」
「ありがとう。それなら、君に一つ、薬を伝授しよう。着いてきなさい」
そう言うと、秀才を連れて山に登りました。
数時間歩くと、目の前に紫色の花穂がある野草が生えているのが見えました。
「これが瘰疬を治す薬草だよ。よく見て覚えなさい」
秀才はじっくり薬草を観察し、「覚えました」と答えました。
「一つ注意しないといけないことがある。この薬草は、夏が過ぎると無くなってしまうよ」
「はい、分かりました」
「大事なことだ。忘れるんじゃないよ」
そう言って、医者は故郷に帰っていきました。
2人が別れてから2か月以上が経ちました。
その年の夏の終わりに、県令(県知事)の母親が瘰疬にかかり、医者を求める掲示が張り出されました。
秀才はこれを見るとすぐに掲示をはがし、県令の下に向かいました。
「なんだお前は」
役所の門番に止められた秀才は自信満々に言いました
「私は薬で瘰疬を治すことができます!」
話を聞いた県令は、秀才の下へ部下を送りました。
秀才と部下は一緒に山に登りました。
以前、医者と薬草を見つけた場所に着きましたが、紫の花穂がある薬草を見つけることができませんでした。
秀才は驚きました。
「どうして見つからないんだ。確かにこの辺りに生えていたはずなのに」
秀才は近くの山々も登りましたが、一本も薬草を見つけることができませんでした。
秀才は、医者が言っていた「大事なこと」を忘れていたのです。
薬草を見つけられなかった秀才は、県官を騙した罪で連行されました。
県官は秀才を詐欺師だと判断し、即座に彼を50回の鞭打ち型に処しました。
(騙されたのは私の方だ……くそぉ、あの医者め)
それから1年が経ち、再び医者が帰ってきました。
秀才は医者を見つけると駆け寄り怒鳴りつけました。
「あなたのせいでひどい思いをしました!」
医者は驚きました。
「何があったんですか?」
「薬草が無かったのです」
「ありますよ」
「どこに?」
「山にです。」
2人は再び山に登りました。
すると、紫色の花穗の野草がいたるところに咲いていたのです。
秀才は非常に驚きました。
キツネにつままれたようで、さっぱり現状が理解できませんでした。
「どうしてあなたと来たら、この薬草が生えているんだ?」
医者は全てを悟りました。
「私はあなたに言いいましたよ。この薬草は夏を過ぎると枯れてしまうので、早めに摘まなければならないのです」
秀才はようやく医者が言ったことを思い出しました。
彼は自分が不注意であったことを責めました。
そして、この出来事を決して忘れないために、秀才はこの薬草を「夏枯草」と呼ぶようになりました。
おしまい
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