昔々、深い山々に囲まれた静かな場所に、薬草を採ることを生業にしている老人が住んでいました。
ある日、老人は遠くから馬の鳴き声や人々の声が聞こえるのを感じました。
「何事か?」
不安げに呟きながら、彼は谷間を見下ろしました。
しばらくすると、息も絶え絶えに走ってくる十四、五歳くらいの少年の姿が見えました。
少年は岩をよじ登り、茂みをかき分けて、老人の前に辿り着きました。
険しく必死の形相をした少年でした。
老人の顔を見ると、そのまま「サッ」と跪いたのです。
老人は驚き、「どうしたんだ? 一体何があったんだ?」と尋ねました。
少年はまるで鶏が米をつつくように何度も頭を下げ、「おじいさん、助けてください。彼らが私を殺そうとしているんです!」と懇願してきました。
「お前は一体何者だ?」
少年はまっすぐ老人を見つめ「私は葛家の息子です」と答えました。
こんな年はも行かぬ少年を狙う者がいる理由が分からりませんでした。
「誰がお前を殺そうとしている?」
少年は、これまでの経緯を説明し始めました。
「朝廷に悪臣が現れました。そいつが、『私の父が密かに軍事力を蓄え、反乱を企んでいる』と、ありもしない話を作り上げました。君主はこれを信じ、詔勅を下して官兵に私の家を包囲させ、焼き払おうとしたのです」
「朝廷内の権力争いに巻き込まれたのか・・・」
老人は少年を憐れみました。
少年はさらに話を続けました。
「父は私に言いました」
「葛家の血を引く男児はお前一人だけだ。前が殺されれば家は断絶してしまう。早く逃げろ! 将来大きくなったら仇を討てるかもしれない。もし、討てなくても葛家を存続させることはできるだろう」
少年は、おそらくもう殺されてしまったであろう父親のことを思い、辛辣な表情を浮かべていました。
「私は家を離れて逃げ出しました。でも、官兵に見つかりました。彼らが後ろから追ってきているんです! おじいさん、どうか助けてください! 私が助かれば、葛家の家系を守れるんです!」
老人は考えました。
「私が知る限り、葛家は代々忠義に厚く善良な家系である。そう考えるとこの少年を助けるべきだ。しかし、追いかけてくる馬や人々の叫び声がどんどん近づいてきている。どう助ければ良いのだろう」
老人はチラッと後ろの山に目を向けると、「早く立ち上がり、私についてきなさい!」と少年に言いました。
少年は老人に従って山の中に入りました。
するとそこに岩穴があり、二人は中に隠れました。
追手たちも山へ入り、三日三晩少年を探し回りました。
しかし、少年を見つけることはできず、とうとう引き上げていきました。
老人は少年を岩穴から連れ出すと、これからのことを尋ねました。
「お前、どこか行くあてはあるのか?」
追手から逃げ切った安心感からか、家族を失った悲しみからか、少年は大声をあげて泣き出しました。
しばらく泣き続けた後、少し落ち着いたところで、少年は老人に言いました。
「私の家族は全員捕まり、多分全員殺されたでしょう。私にはもう帰る家はありません。おじいさん。もし私を引き取ってくれたら、私は一生おじいさんに仕えます」
そして改めてお願いをしました。
「おじいさん、私を引き取ってくれませんか?」
老人は少年を引き取ることにしました。
「いいだろう、一緒に生活しよう! でも、私は仕事で薬を採取するために、毎日山を登り降りする。お前にも手伝ってもらうが楽ではないよ」
「安心してください。生きていられるだけで満足です。生きていられるなら、どんな苦しみも耐えられます」
それから少年は老人と共に山で薬草を採る日々を送りました。
ある日、少年は老人に付いて薬草を採る中で、老人が「ある草」をよく採っていることに気がつきました。
「おじいさんはいつもその草を採取していますね?」
「この草の塊根は発熱、喉の渇き、下痢などの病気の治療にとても効果があるんだよ。薬草の使い方に興味があるのか?」
「はい!」
その日以来、老人は少年に「薬草」の使い方を教え始めました。
数年後、老人は亡くなりました。
その後も少年は塊根のある草を採取し続け、老人から教わった方法で多くの病人を治療しました。
そんなある日、患者に「この草の名前は何ですか?」と尋ねられました。
ところが、その薬草にはまだ名前がなかったのです。
少年は自分の出自を思い、こう答えました。
「これは『葛根』といいます」
「葛根」という名前は、「滅ぼされかけた葛家に、ただ一本の根(=少年)だけが残った」というところから名付けられたのです。
おしまい
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