むかしむかし、ある村に、美しい娘がいました。
ある日、彼女は乳房が赤く腫れ、激しい痛みに苦しむ病にかかりました。
乳腺炎――けれど、恥ずかしさから誰にも言えず、ひとり耐え続けていました。
娘の様子に異変を感じたのは、母親でした。
けれど、病のことを知らない母は早合点し、娘がふしだらな行いをしたのではないかと疑い、こう叱りつけたのです。
「こんな見苦しい病にかかるなんて、なんてこと……恥を知りなさい!」
娘は、何もやましいことなどしていないのに……母の言葉は鋭く心をえぐりました。悲しみ、怒り、そして羞恥。
さまざまな感情が胸を満たし、娘はついに、誰にも打ち明けられぬまま、命を絶とうと決意しました。
その晩、月が川面に揺れる静かな夜――。
娘はそっと家を出て、川へ向かいました。
そして、静かに川へ身を投じようとしたそのとき――
「待って!」
とっさに娘の手をつかんだのは、一人の少女でした。
その近くで漁をしていた蒲(ほ)姓の漁師とその娘が、月明かりの下で網を張っていたのです。
川に身を投げようとする娘を見て、漁師の娘はためらうことなく水に飛び込み、彼女を救ったのでした。
暖かい布をかけられ、火のそばで震える娘に、漁師はやさしく尋ねました。
「どうしてこんなことを……?」
娘は、胸の病のことも、母に叱られたことも、すべてを正直に語りました。
話を聞いた漁師はしばし黙り、そして言いました。
「明日、山に行って薬草を探してこよう」
翌日、漁師の娘は父に教わった薬草を求めて山に入りました。
そして、鋸歯状の長い葉と、白くてふわふわした綿のような花を咲かせる草を見つけ、それを採って帰りました。
その草を煎じて娘に飲ませると――数日後には、腫れも痛みもすっかり治まり、病は完治しました。
数日後、娘が姿を消したことに気づいた家族が、必死で探し回りました。
ようやく漁師の船で無事を確認し、娘が病からも救われたと知って、皆は涙を流して喜びました。
娘は漁師とその娘に、何度も何度も頭を下げ、深く感謝を伝えました。
漁師は微笑んで、こう言いました。
「これは残りの薬草です。もしまた症状が出たら、煎じて飲みなさい」
娘はその薬草を大切に持ち帰り、自宅の庭に植えました。
彼女は命を救ってくれた漁師の姓が「蒲」であることから、尊敬と感謝の心を込めて彼を「蒲公(ほこう)」と呼びました。
そして、自分の名「英子」と合わせて、この薬草を「蒲公英(ほこうえい)」と名付けたのです。
この草はのちに広く人々に知られるようになり、特に乳腺炎や腫れもの、熱を取る薬草として重宝されるようになりました。
今も「蒲公英」は、たんぽぽの名で親しまれ、命をつなぐ薬草として生き続けています。
おしまい
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