
中医学には中医学特有の思考法があります
自然と人をどの様にして結び付けたのか?
なぜ、五行で春と肝は同じ属性なのか?
なぜ、動きの異常は風が原因と考えるのか?
それを理解するには、中医学特有の思考法を知る必要があります。
中医学特有の思考法は大きく分けて3つあります。
- 象思惟
- 系統思惟
- 変易思惟
*思惟は「思考」のことです。
今回のは「象思惟」をみていきましょう。

象思惟
象とは「形、現象」、思惟とは「根本を深く考えること」という意味です。
つまり、象思惟とは物事の形や現象を分析して、その本質を深く考える思考法です。
象と言えば、象形文字をご存知ですか?
象も形も「すがた、かたち」という意味なので、象形文字はその名の通り、対象の形状に基づいて作られた文字です。
例えば「心」の象形文字は、当時の心臓の解剖観察に基づいて作られました。

上の図を見ると、象形文字の心は心臓の形を表していることがよく分かりますよね。
このように、象形文字は「形、現象」=象から作られた文字なのです。
「象」と聞くと取っ付きにくい感じがしますが、象形文字の象って考えると、少し身近なものに感じませんか(一度くらいは触れたことがあるという意味で)?
象を用いた思考法
象が「すがた、かたち、現象」という意味だということは分かりました。
では、象思惟において、「象」はどの様に思考法として用いられているのでしょうか?
《周易》という本では、象を基本的な概念として、さまざまな事象の、異なる形状や現象を観察し、それを人体に帰納しています。
簡単に言えば、自然界にある象(物の形や現象)を観察して、「人間と似ているところはないかなぁ?」と比較した、ということです。
比較すると、自然と人は共通点が多いことが分かってきます。
《易伝・系辞上》には、「聖人立象以尽意」と記されています。
これは、「大いなる自然は、自分に似せて人を創造した。聖人はそれを見て理解することができる」という意味です。
人が自然に似せて作られているのであれば、自然と人に共通点が多いというのも納得ですよね。
人と自然は共通点が多い。
そうであれば、「自然界の法則は、人にもあてはめることができる」と考えても不思議ではありませんよね。
中医学において象思惟は、自然界の現象を基に、人体の生命現象を類推し、健康や疾患を理解する重要な思考法なのです。
*類推:一方が他方と似る(幾つかの)点に基づいて、(既知の一方から)他方の有様を全体的に推し測ること。メガネをかけてる人をみて「頭良さそう」と思うのも類推。
自然界と人体を比較して、人体を理解していく思考である象思惟は、もう少し細かくみると、次の3つの思考法で構成されています。
- 形象思惟
- 意象思惟
- 応象思惟
ここからは、これらを1つずつみていきましょう。
形象思惟
形象は「すがた、かたち」を意味します。
形象思惟とは、問題解決に直感的な形象と表象を使用する思考法です。
- 形象:対象を想像したときに浮かび上がる、その対象のすがた。
- 表象:現在は知覚していない物事や現象について、心に描く像、イメージ。
例えば、「ドアを想像して下さい」と言われたとしましょう。
その時に想像する「ドアの姿、形」が形象です。
閉まりゆくドアを見て、「ここに指を入れたら、こうやって指が挟まっていくなぁ」と想像した時の、その想像が表象です。
これが、五臓の観察だと次のようになります。
- 心臓を想像し(形象)、「蓮の花蕊(かずい:花のおしべ・めしべの総称)のようだなぁ」と想像する(表象)。
- 肺を想像し(形象)、「蜂の巣みたいだなぁ」、「空洞が多くて虚弱そうだなぁ」と想像する(表象)。
- 脾臓を想像し(形象)、「扁平で馬のひづめに似ているなぁ」と想像する(表象)。
どうでしょうか?
想像から、さらに想像を膨らませていますね。
形象思惟と聞くと難しそうに感じますが、やっていることは、普段から私たちがやっている「想像を膨らませている」ということと同じなのです。

これを医学に応用していきます
形象思惟を医学に応用すると、人の健康状態を把握することができます。
- 肺がに穴が開いたら(形象)、呼吸が苦しくなりそうだ(表象)。
- 舌が赤ければ(形象)、熱がありそうだ(表象)。
- 脈が遅ければ(形象)、冷えがありそうだ(表象)。
このように、中医学では形象と表象を利用して、人の健康状態を把握します。
そして、これが弁証(診断)の根拠にもなっていくです。

直接見ることができない臓腑の状態を、想像することができます

形象を基に名付けられている中薬もある
形象思惟は、中薬にも関係があります。
中薬では「象以名之(象を以て之を名づける)」というネーミング法がよく用いられています。
例えば、根が人の形に似ているものは「人参」と呼ばれます。
他にも、全体が白い毛で覆われ、白髪の老人に似ているものは「白頭翁」、カラスの頭のような形状を持つものは「烏頭」と呼ばれます。
- 人参は「根が人の形に似ているなぁ」
- 白頭翁は「全体が白い毛で覆われ、白髪の老人に似ているなぁ」
- 烏頭は「カラスの頭のような形状をしているなぁ」
こんなふうに、形象を基に、想像を膨らませてネーミングされているのです。
形象思惟と連想ゲーム
形象思惟では、想像を膨らませていく中で新たな形象が次々と生まれます。
形象思惟は、既存の形象に留まらず、既存の形象からの類推して、新しい形象を獲得するという創造性を持っているのです。
つまりは、連想ゲームです。
例えば、自然界の形象を観察して「風は、空気が動くことで生じる」ということが分かったとします。
続けて、風に吹かれて物が飛ばされる様子を想像します。
すると、「あっ、風が勝つと物が動くんだ」という新たな形象を創造することができるのです。
想像は続けましょう。
「風が勝つと物が動く」という形象を、臨床に応用すれば、「手足の震え、痙攣のような動きの異常」や、「痛む場所がコロコロ変わる(動く)」といった症状をすべて、「風」に帰因させることができるのです。
なので、中医学では、人体の動きの異常は「体内で風が発生したために起こる」と考えます(例:肝風内動)。
この例では、既存の形象(風が吹く)から類推(風が吹くとは、風が動いているということ)して、新しい形象(風は「運動」に関係する)を創造しています。
形象思惟は、観察した形象から新たに類推を行ったり、一つの形象から別の形象へ思考を飛躍させるなどして、新しい形象を獲得するということを可能にしているのです。

形象を創造していく中で、「風が吹いている」という具体的な現象から、「風は動く」という抽象的な風の特性を見出しました。
このように、「形象思惟を基に、そこから具体的な物事や現象を抽象化していく思考法」を意象思惟といいます。
意象思惟
意象思惟は形象思惟を基に、具体的な物事や現象を抽象化していく思考法です。
「意」は、「意味、本質、特徴」という意味です。
意象思惟では、さまざまな物事の形象から、共通点や法則性を見つけ出すことで、物事の本質を抽出し、非本質的な特徴を捨てていきます。
簡単にいえば、形像が持っている「真の特性」を見出すということです。
先ほどの例では、風が吹く様子から、「動く」という風の特性を見出しました。
中医学では、意象思惟をとても重視しています。
《後漢書・郭玉伝》には「医之言為,意也。(医の言為るや意なり)」と記されます。
これは、「医術は思慮と工夫とによって(粗を捨て精を取る)会得するもので、口先の説明や著書だけでは悟り得ない(本質は得られない)ものである」という意味で、目先の物事にとらわれず、その物事の本質を見出すことの重要性を述べています。
意象思惟の利点は、形象思惟で得られる具体的な物事を、抽象的な特性へと昇華させることにあります。
具体的で可視的な「形態の象」から、意識の中でのみ感知可能な、抽象的で不可視の「意念の象」へと昇華させることで、「司外揣内(外を司り内を推し量る」や「取象類比(象を取って類比する)」を実現しているのです。
意象思惟で、異なる物事に共通する特性を見出そう
例えば、春は陽気が上昇し、樹木の成長や、草木の枝葉が盛んに生い茂ります(これを条達といいます)。
一方で、五臓の「肝」は昇散(発散・散布といった外に向かわせること)の働きを持つため、条達(枝が伸びるように、四方に伸び通じること)を好む性質があります。
このように、春と肝は「条達」という共通の性質を持っています。
同じように、枝を四方に伸ばす「木」も、条達という性質を持っていることが分かります。
中医学で有名な五行色体表で、春、肝、木は同じ属性に分類されているのですが、それは条達という共通の特性を持っているからなのです。
「木」や「肝」という具体的で可視的な「形態の象」を、「条達」という抽象的で不可視の「意念の象」へと昇華することで、共通点を見つけることができました。
これも連想ゲームみたいですよね?
マジカルバナナ♪ 肝といったら条達♪ 条達といったら木♪
マジカルバナナは例えですが(若い人には伝わらないかもしれません、、、)、考え方は同じです。

意象思惟は、臨床でどのように応用されているのでしょうか?
意象思惟の流れを確認しましょう。
- 具体的で可視的な「形態の象」を確認する
- 抽象的で不可視の「意念の象」へと昇華させる
- 共通点を見つける
顔が赤く、動悸があり、落ち着きがない人がいたとします。
まずは、具体的で可視的な「形態の象」を確認しましょう。
- 顔が赤い
- 動悸がある
- 落ち着きがない
これらは具体的で観察可能な「形態の象」ですね。
ここから「意念の象」へと昇華させます。
抽象化して特性を見出していきます。
- 顔が赤い → 熱があって逆上せている?
- 動悸がある → 心臓に熱がある?
- 落ち着きがない → 熱で悶えている?
それぞれ異なる現象を、「熱」という「意念の象」へ昇華することができました。
そして、この「熱」は、これら異なる現象の「共通点でもあります。
意象思惟で、異なる症状に「熱」という共通点があることが分かりました。
つまり、「体内に熱がある」ということが分かったのです。
目に見えない体内の様子が分かったわけですね。
このように、外に現れた象(現象)を以て、体内の様子を推し測ることを「司外揣内(しがいしない)」といい、中医診断における原則となる概念なのですが、そこには意象思惟が深く関わっているのです。
優秀な医師は多くの知識と過去の経験を基にし、直感と意象思考を組み合わせてより演繹的推論(あることが正しいことを前提にして、その前提からきっとこうだろうと考えるような思考)を行うことができます。
研ぎ澄まされた「意象思惟」により、事物の表現とその間の関係、主要な病因と病態を把握し、適切な治療法を確立しているのです。
応象思惟
応象思惟は、ある物事の特性に基づいて、それに類似した特性を持つ物象や現象を同じカテゴリに分類する思考法です。
応は「対応、相応」を意味します。
簡単に言うと、「自然と人を対応させて、同じ特性を持つものを、同じカテゴリに分類していく思考法」ということです。
中医学では、天地陰陽の変化、万物の変化、人の生命活動が相互に関連していると考えます。
その考えを前提に、人と自然に共通する本質的な特性を探求します(共通点を見つけていく)。
《黄帝内経・素問・陰陽応象大論》には、「以天地之陰陽,合于人身之陰陽,其象相応。(天地の陰陽を以て、人体の陰陽と合し、その象は相応している)」とあります。
これは、「天地に陰陽があるように、人にも陰陽があり、その現象は対応している」という意味で、人の生命活動は天地を模倣していると考えます(これを「法象」といいます)。
なので、応象思惟では、積極的に天、地、人の象を対応させていきます。
例えば、
- 中国の東、西、南、北にある「四海」は、人体の気海、血海、髓海、水谷の海に対応している。
- 中国の主要な十二の河川と八つの湖は、人体の十二経絡と奇経八脈に対応している。
- 自然界の物象は「肝脈弦、心脈鉤、脾脈代、肺脈毛、腎脈石」と、五脈に対応している。
- 春や木は条達の特性をもつ季節である。肝も条達を好む性質を持っている。
対応する中で、同じ特性を持つものは、同じカテゴリに分類していきます。
なので、春、木、肝は、五行では同じカテゴリ(木のカテゴリ)に分類されるのです。

暑い日に冷たいものを飲むのは、応象思惟の応用
臨床では、診断と治療、処方と薬物の選定において、応象思惟が広く応用されています。
例えば、《景景室医稿雑存・以薬治病関平気化説》には次のように記されています。
「天地の間には金や石、草や木、鳥や獣、魚や虫などが四季の陰陽の気を受けて生まれる。しかし、すべてが偏りを持っていて、純粋な物はない。それ故、それらを薬として用い、偏りを治す方法として利用している。寒気の薬で病気の熱気を化し、熱気の薬で病気の寒気を化すのである」
天の陽と、地の陰が交わって生まれた万物は、それぞれの中に陰陽を持っています。
この陰陽バランスが乱れると、病気や不調が生じます。
そんな時は、自分の乱れた陰陽に対して、他からの陰陽を対応させることで、乱れを正すことができるのです。
「暑い時に冷たいものを飲む」
誰もが経験したことがありますよね。
暑さで増えた体の陽(熱)を、氷や水などの陰(寒)で冷まし、元の正常な状態に戻します。
増えた陽に、陰を対応させてバランスの乱れを正しているのです。
このように、私たちはみな意識せずとも、普段から応象思惟を使っているのです。
とっても身近なものに感じますよね。
中医学は気(陽気と陰気)を利用して病気を治療します。
薬が病気を治せるのは、その原理が四季の陰陽に基づいていて、天と人の相応(一致)を貫いているからです。
自然、社会、環境、生物、人間はそれぞれ独立した形態を持っていますが、陰陽という共通の起源を持っています。
そこから派生した万物は、普遍的な関連性を持ち、「象に応じた」法則に従っているのです。

まとめ
中医学特有の思考法の一つ、象思惟は3つの思惟で構成されています。
- 形象思維:具体的な事物や現象に基づいた視覚的・直感的な思考。
例:肺って蜂の巣に似てるなぁ。 - 意象思維:形象思維を基に、具体的な事物や現象から抽象的な概念を導き出し、事物の本質を抽出する思考。
例:風の本質は「動く」だ! - 応象思維:象を基に、物事を対応させて、性質で分類しつつ、それらを全体として分析する思考。
例:顔赤いね。熱が上がっているんじゃない? じゃあ、冷やして熱を下げよう。
中医学の象思惟は、形象思惟を基に、意象思維で抽象的な特性を見出し、その特性を以て、応象思維で物事を分類し、最後にそれらを「一つの全体」として分析することを特徴とします。
象思惟により、「自然、社会、人」といった、異なるも物事の相互関係や、その統一性を理解することを実現しているのです。
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