【中医基礎理論 第13講】 - 中医学の思考法その2 系統思惟 – 整体宏観と天人合一

中医基礎理論

中医学では、「系統思惟」という考え方が重要な役割を果たしています。

ここでは、その中でも特に重要とされる2つのキーワードをご紹介します。

  1. 整体宏観:局所ではなく一つのシステムとして全体から捉えることが重要である。
  2. 天人合一:天と人は一つのシステムとして機能してる(同じものである)。

どちらも「系統思惟」から生じた、中医学特有の考え方です。

整体宏観 – 全体をみる –

「整体」とは、「すべてがつながり、一つのまとまりとして機能している状態」を指します。「宏観」とは、「広い視野を持って全体を観察すること」を意味します。

中医学では、常に身体を全体として捉える視点が重視されます。たとえ病変が身体の一部に現れていたとしても、その部分だけを診るのではなく、全体のバランスを見て調整することが基本とされています。

この考え方は、「全体は単なる部分の集まり以上の意味を持つ」というホーリズム(全体論)に基づいています。

例えるなら、治療は足し算ではなく掛け算のようなものです。局所を治すことで全体が整うのではなく、全体の調和を取り戻すことで局所も癒えていくという発想です。

つまり、「整体宏観」とは、身体を一つのシステムとして、局所ではなく全体から捉えることが大切であるという教えです。

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アリストテレスです

微観の重要性と中医学における応用

では、「一方で微観は重要ではないのか?」という疑問が浮かぶかもしれません。結論から申し上げると、決してそんなことはありません。

「微観」とは、物事を小さな視点や局所的な観点から観察することを指します。私たちが普段見落としがちな、ごく微細な変化や働きに目を向ける視点です。

実際、広い視野からの「宏観」の変化は、多くの場合、この「微観」から始まります。これは、いわゆる「バタフライエフェクト(蝶の効果)」と同じ考え方です。

「ある場所で蝶が羽ばたくと、その影響が巡り巡って地球の反対側で竜巻を引き起こすかもしれない」というこの有名な例えは、「ごく小さな出来事が、やがて予測もできないような大きな結果を生み出す」ことを示しています。

鍼灸治療は、まさにこのバタフライエフェクトに近いものだと感じます。

細い鍼によるわずかな刺激が、全身に大きな変化をもたらし、症状を劇的に改善するという経験は、多くの臨床家が共通して持っているのではないでしょうか。この現象こそが、まさに中医学における「微観の力」であり、バタフライエフェクトの実例といえるでしょう。

そして、バタフライエフェクトと並んで、カオス理論の中でよく知られているもう一つの概念が「フラクタル」です。

フラクタルとは、「自己相似性」と訳されます。これは、全体の中から一部分を取り出しても、その部分が全体と同じような構造や形を持っているという性質です。

たとえば、「ロマネスコ」という野菜をご存じでしょうか。検索して画像をご覧いただくと分かりますが、小さなつぼみ一つひとつが、大きな全体とそっくりな形をしています。このように、部分が全体を象徴している構造こそが、フラクタルなのです。

下の図をご覧ください。

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フラクタル

小さな三角形が集まって、最終的に大きな三角形を形作っています。さらに、それぞれの小さな三角形自体も、全体の形を表しているように見えますよね。これがフラクタル=自己相似性の特徴です。

このフラクタルの概念も、実は中医学の臨床において非常に重要な役割を果たしています。

中医学では「人体のどの部分を見ても、そこには全体の情報が含まれている」と考えます。たとえば脚を全身と見なした場合、膝は腰部、足首は頸部に対応します。ですから、腰痛の治療に膝のツボ(経穴)を使うことができるのです。

同じように、腕、手、指、下腿、足など、どの部位を取り出しても、その中に全身の構造や働きが反映されています。つまり、身体はどこを見ても全体とつながっている——まさに「フラクタル構造」そのものです。

バタフライエフェクトにしても、フラクタルにしても、これらは現代になって生まれたカオス理論の概念ですが、中医学ではこれらの考え方を、はるか昔から実践に取り入れてきました。

中医学って、本当にすごいと思いませんか?

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フラクタル

『黄帝内経・素問』の「霊蘭秘典論」には、次のような言葉があります。

「恍惚なる数、毫釐に生ず。毫釐なる数、度量より起こり、千万なり、益々大なり、推して大なれば、其の形、乃ち制せん」

これは、「目に見えないようなわずかな兆し(恍惚)は、極めて小さな単位(毫釐)から生まれ、そのさらに小さな度量から始まる。それが積み重なって、やがて千倍・万倍に拡大し、ついには具体的な形や現象として現れる」という意味です。

つまり、小さな原因が大きな結果につながるという考え方は、すでに古典の中で説かれていたのです。

バタフライエフェクトそのものですね。

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中医学はあらゆるところにバタフライエフェクト&フラクタル


天人合一 – 人と自然は同じもの –

「天人合一(てんじんごういつ)」とは、中医学における基本的な思想の一つです。これは「天・地・人はすべて同じ“気”から生じた存在であり、共通のシステムを持ち、相互に深く関連している」という考え方です。

つまり、「人と自然は一体であり、本質的に同じものである」ということを意味しています。

清代の医家・唐大烈(とうたいれつ)は、その著書『呉医彙講・人身一小天地論』の中で次のように述べています。

「呼吸は陰陽の循環、津液は雨露の灌漑、光沢は花の繁栄、耳と目は太陽と月の明暗である。人体は小さな天地である。」

このように、人体を大宇宙の縮図とみなす視点が明確に示されています。

この思想は、道教の哲学から派生しています。『老子』第二十五章には、

「人は地に従い、地は天に従い、天は道に従い、道は自然に従う」

とあり、自然や宇宙の原理である「道(タオ)」がすべての根源であり、天・地・人はそれに従って秩序を保っているとされています。

さらに『周易』においても、陰陽の二元論、八卦や六十四卦の理論を通して、「天地人(三才)」の関係が詳しく解かれています。すべては同じ本源から分かれたものであり、互いに深くつながっていると考えられているのです。

では、この天人合一の思想を、次の三つの観点から見ていきましょう。

  1. 天人同気
  2. 天人同構
  3. 天人同律
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天と人はシステムである

1. 天人同気

「天・地・人は、同じ“気”から生まれた存在であり、同じ“気”を共有している」という考え方です。

『素問・宝命全形論』には、

「人は地に生まれ、天にその命運を委ねている。ゆえに、天地の合気こそが人である」

と記されています。

天は人に風・暑・湿・燥・寒の「五気」を、地は人に酸・苦・甘・辛・鹹の「五味」を与え、これによって人体の生命活動が支えられています。

人は万物と同様に、天地の「気」の交わりから生まれました。気の昇降や出入り、集まりと拡散、開閉といった運動が、自然界における「生・長・化・収・蔵」の変化を生み出し、人体にも「生・長・壮・老・已(死)」という流れをもたらします。

つまり、人も万物も、天地の気から生まれた存在であり、その根源は「一(いち)」であり、「太虚」や「道」とも呼ばれています。

こうした観点からも、人・自然・万物は本質的にすべて「同じもの=気」で構成されているのです。

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天と人は同じ気でできている

2. 天人同構

「天・地・人は、同じ構造を持っている」という考え方です。

中医学では、「人は天地の縮図である」とされており、その身体構造や機能は、天地の構造と対応していると考えられています。

『霊枢・邪客篇』には、次のように記されています。

「天は円で地は方であり、人の頭は円く、足は方形である。天には太陽と月があり、人には二つの目がある。地には九つの州があり、人には九竅がある。天には風と雨があり、人には喜怒がある。天には雷電があり、人には音声がある。天には四季があり、人には四肢がある。天には五音があり、人には五臓がある。天には六律があり、人には六腑がある。天には冬と夏があり、人には寒と熱がある。天には十日があり、人には十指がある……」

このように、天・地・人はすべて相応しており、自然界と人体が構造的に一致していると考えられているのです。

だからこそ、自然界の変化と人体の反応には法則性があり、同じ理が通じるとされます。

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自然と人の構造は同じ

3. 天人同律

「天(自然)・地(環境)・人(身体)は、共通のリズムに従って動いている」という考え方です。

天地の自然なリズムは、主に「年」「月」「日」「時」の単位で構成されています。そして人間もまた、それらのリズムに従って生きていると考えられています。

年のリズムと五臓の関係

一年の流れでは、陰陽の消長によって春・夏・秋・冬という四季が生まれます。この季節の変化は、人体の五臓(肝・心・脾・肺・腎)にも深く影響を与え、「四季五臓陰陽」という整体観が中医学において確立されました。これは、季節と臓腑機能との連動性を表すものです。

月のリズムと気血の変化

月の満ち欠けも人体に影響を及ぼすとされています。

『素問・八正神明論』には、

「月が生まれたばかりの時は瀉してはならず、満月の時には補ってはならず、月郭が空(新月)の時は治療を避けよ」

と記されており、これは月のリズムに従って、人体の気血もまた増減・虚実の変化を見せることを示しています。

実際、月の引力によって潮の満ち引きが生じるように、人の体内でも気血の流れやバランスが変化するという考えです。

日のリズムと経絡の流れ

一日の時間帯については、『霊枢・順気一日分為四時』に、

「朝は春、日中は夏、日没は秋、夜中は冬」

とあり、この時間帯ごとの性質を基に、中医学では「子午流注(しごるちゅう)」という経絡理論が発展しました。

これは、各経絡や臓腑が一日の中で特定の時間に最も活発になることを示す理論であり、診断や鍼灸治療において「按時取穴(時間に応じたツボ選び)」という方法で応用されます。

リズムの乱れと現代社会

現代社会では、生活のリズムが自然のリズムと大きくずれてしまうことが多くなっています。夜更かしや昼夜逆転、不規則な食事など、天の流れに背くような生活が当たり前になっている方も多いのではないでしょうか。

しかし、本来の自然のリズムに合わせて生活することが、心身の調和を保つうえでとても大切です。今こそ、お天道様のリズムに合わせた暮らしを見直す時かもしれません。

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自然と人のリズムは同じ
天人合一は中医学の基本原理

ここまで述べてきた「天人同気」「天人同構」「天人同律」は、いずれも「天人合一」の思想に含まれます。これは中医学における「系統思惟(けいとうしい)」の一部であり、人体の生理学・病理学の理解に役立つだけでなく、診断や治療の実践にも幅広く応用されています。

『素問・著至教論』には、

「天文を知り、地理を知り、人事を知ることができれば、長寿を得ることができる」

とあります。これはつまり、人間の生命活動を理解するには、天体の運行(天文)、地形や環境(地理)、人間社会のあり方(人事)といった、天・地・人の三要素を総合的に見る必要があるということです。

そのため中医学では、病や体調の変化を単なる個体の問題と捉えるのではなく、季節、気候、風土、社会的地位、家庭環境、生活習慣といった多面的な要因と関連づけて分析します。そして、その本質と法則性を探り、変化を予測していくのです。

まとめ

「系統思惟」は、中医学において次の二つの要素から成り立っています。

  • 整体宏観:
     身体を一つのシステムとして捉え、局所ではなく全体の関係性から診るという考え方です。
  • 天人合一(てんじんごういつ):
     人間と自然は一体であり、同じ法則やリズムに従っているという思想です。

この「系統思惟」は、中医学の根幹である「整体観念(全体を重視する考え)」の土台となるものであり、中医学の理解を深めるうえで非常に重要な鍵となります。

自然と人間が同じシステムでつながっているという発想を身につけることで、中医学の学びは格段に分かりやすくなります。ぜひこの機会に、しっかりと押さえておきましょう。

次回は、中医学の思考法の第三の柱である「変易思惟」について学んでいきます。

どうぞお楽しみに。


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