むかしむかし、霊芝という仙女がいました。
彼女は天界の武将・天蓬元帥の娘でありながら、天の規律に背いた罪によって処罰を受け、草へと姿を変えられたのだと伝えられています。
霊芝は、沈魚落雁(ちんぎょらくがん)、閉月羞花(へいげつしゅうか)――そんな言葉すらも及ばぬほどの美しさを備えていました。
玉皇大帝が三宮六院に抱える数多の妃たちの中でも、彼女に並ぶ者はただの一人もいなかったといいます。
ある日、玉皇は天蓬元帥を金殿に召し出しました。
天蓬は、自分が何か失礼を犯したのではないかと震えながら跪きましたが、意外にも玉皇は柔らかな口調で語り出しました。
「そなたの娘を、一万一番目の貴妃として迎えたいと思う。どうか承知してくれ」
天蓬元帥はこの話に感激し、すぐに婚礼の日取りを決めてほしいと申し出ました。
玉皇もたいそう機嫌が良く、天蓬に多くの褒美を下賜しました。
天蓬は家へ戻ると、喜び勇んで霊芝にこの吉報を伝えました。
けれども、霊芝の返答は、父の想像を遥かに超えるものでした。
「父上、玉皇がいかに高き地位にあろうとも、彼は好色で軽薄なお方。あの後宮には数えきれぬ妃たちがいますが、幸せな者はほとんどおりません。私を愛してくださるのであれば、どうか私を虎の口に投げ込むような真似はしないでください」
娘の毅然とした拒絶に、天蓬元帥は愕然としました。
「愚かな子よ! 玉皇の寵を得れば、我が家は永きにわたって栄えるのだぞ! 貴妃となれば、王母の側近に次ぐ栄誉を得られるのだ。それを逃すとは、家門の光栄を台無しにする気か!」
それでも霊芝の意志は固く、耳を貸しませんでした。
怒った天蓬は、女中たちに命じて霊芝を屋敷に閉じ込めさせました。
幽閉された霊芝は、昼も夜も泣き続けました。
愛する父が、自分を道具のように差し出そうとしていることに、深い絶望を覚えたのです。
やがて、見張りが緩んだ夜を見計らい、彼女はこっそりと宮を抜け出しました。
この逃亡を知った玉皇は激怒しました。
自らの威厳に泥を塗られたと感じた玉皇は、天界に厳命を下しました。
「霊芝を仙籍から除き、人間界に追放する!
豊かな地に根を下ろすことを許さず、
配偶者を持つことも禁ずる!
柔らかな葉も、守る衣も与えぬ!
裸の茎を晒し、孤独のうちに生きよ!
その苦しみが死を望むほどに達したとき、ようやく赦しを考えよう!」
こうして霊芝は、仙女の姿を失い、地上の山野に根を下ろすことになったのです。
花もなく、葉も薄く、ただ茎と傘のような笠を持つ草として――
けれどその根には、仙界の霊気と孤独の悲しみが深く宿っていました。
それゆえ、霊芝は滋養強壮や延命の薬草として、時を超えて珍重され続けているのです。
これはもちろん、遠い昔の神話のひとつにすぎません。
けれど、霊芝の根のほのかな苦味と澄んだ力には、今もなお、天の記憶が宿っていると語られています。
おしまい
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