【中薬を故事で学ぶ】 牡丹皮の故事 〜劉春と幻の牡丹〜

中薬の故事

むかしむかし、千年以上も前のこと。

蘇州の虎丘山のふもとに、劉春(りゅうしゅん)という名の女性が住んでいました。

劉春は絹織物の名手で、どんな花も鳥も、一目見ただけで織り上げることができました。

彼女の織り出す花はまるで咲きたてのようにみずみずしく、鳥は今にも羽ばたいて空へ舞い上がりそうなほどリアルでした。

ある年、蘇州の府台(市長)の娘が結婚することとなり、嫁入り道具として、「真糸金嵌めの牡丹柄の織物を24枚、ひと月以内に織り上げよ」と、劉春に命が下されました。

ところが――
「花の王」と称される牡丹を、劉春は今まで一度も見たことがなかったのです。

どのような色で、どのような形なのかも分からぬまま、日だけが過ぎていきました。

半月が過ぎた頃には、劉春は心労で顔色が土のように黄ばみ、食も細り、日に日にやせ衰えていきました。

ある夜のこと。

織り機に向かっていた劉春は、ついに血を吐き、そのまま意識を失って倒れてしまいました。

そのとき――
ふと、部屋の奥に美しい女性が現れました。

白い衣に薄紅の花をまとったその姿は、まるで夢の中の仙女のようでした。

女性は小瓶から一滴の薬を取り出し、劉春の口元にそっと注ぎました。

すると、不思議なことに、劉春はすぐに意識を取り戻しました。

「私は牡丹仙子(ぼたんせんし)。むかし、武則天が冬に百花を咲かせようと命じたとき、それに逆らって洛陽を離れ、ここへ逃れてきたのです」

そう語ると、仙子は窓の外を静かに指さしました。

その瞬間――
春でもない庭に、まるで命を吹き込まれたかのように、牡丹の花々が一斉に咲き誇りました。

紅、桃、白、紫――その姿はまさしく花の王にふさわしく、どれも夢のように美しいものでした。

劉春は涙を流しながら礼を述べ、すぐに織り機に向かいました。

織り出される牡丹は、庭に咲く花そのままに美しく、そこへ群れなす蝶までが舞い降りてきました。

完成した織物を、府台の使いが急ぎ都へと届けましたが――
不思議なことに、府の門をくぐったとたん、織物に咲いていた牡丹はすべて色褪せ、しおれてしまったのです。

激怒した府台は、劉春をただちに捕らえるよう命じました。

しかし、劉春はすでに牡丹仙子とともに村を去り、その姿を見た者は二度といませんでした。

彼女の家には、ただ一つだけ――
あの薬の瓶だけが残されていました。

瓶の中には、薬液のしみ込んだ半分だけの白い根皮がありました。

後に人々がそれを調べたところ、それが牡丹の根の皮であることがわかりました。

その薬は、血の滞りを和らげ、女性の病や痛みを癒す不思議な力を持っていました。

こうして、その薬は「牡丹皮(ぼたんぴ)」と名づけられ、仙子の花と、劉春の想いを伝える薬として、千年を越えて受け継がれていったのです。

おしまい


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